第3話 おのこり保育
吉数の小難しい話を子守唄変わりにうとうとしていると、耳元に冷たい冷気をふきつけられ、目が覚めた。低いささやき声が聞こえる。
「今日は見んの? いつものあれ」
思わずぞっとして飛び起き、にやけた顔の吉数を睨む。幽霊ってわかってても怖いだろうが!
ほんとこのじじい、身も心も若返りやがって。俺はごそごそとスマホを取り出しその中に保存してある動画を再生した。
裸で絡み合う男女の動画。ようは夜のおかず。それにしても、何がかなしくて幽霊とエロ動画見ないといけないんだ。
「この女優さん、ゆな先生に似てんな」
熱くなった下腹部が、幽霊の言葉に反応して急激に冷めていく。唾をのみこみ、平静を決め込もうとした。
「に、似てないって……」
「おまえ、ゆな先生の事好きやろ?」
にやつく顔が、何もかも見透かしている。停止ボタンをすばやくタップする。吉数の無念な奇声を無視し、布団にもぐりこんだ。
*
「
昨日の吉数の言葉を思い出し赤面した俺を、ゆな先生は不思議そうに見る。
すこしふくれたほっぺたが童顔に見えるゆな先生。そのかわいい顔をまともに見る事ができない。もうあのおかず動画は二度と見られないかも。
午後六時を回って延長保育の時間になった。残っている一〇人ほどの園児をすべて床暖房がきいた中央ホールに集める。子供たちのリクエストを聞いて今日はDVDを見る事になり、その準備をしていた。
うちの寺は、保育園を経営している。園長はじいちゃんで、寺の敷地内に園舎がたっている。延長保育の時間、人出がたりないので俺はなるべく手伝っていた。
「やす、俺ハガレンジャー見たい」
年長組の優斗が裸足の足をばたつかせて言った。
「やだ、それこないだも見たもん。私バンビがいい。やすくん、はい」
同じく年長組のひなちゃんが、頭に結んだ大きなりぼんをゆらしながら俺にバンビのDVDを差し出した。お残りのメンバーを見回す。今日は、小さい子や女の子が多かった。
「おっし、じゃあ順番な。今日はバンビにしよう」
俺の一言で、優斗がむくれるのはわかっていたから、優斗の頭をくしゃくしゃなでながら言った。
子供たちが大人しいうちに、俺は片づけをはじめた。ゆな先生は業務日誌をつけている。
「やすくん、京都の大学受験するの? 園長先生が言ってた。そしたらさみしくなるね」
木のおままごと道具を片づけていた俺の手から、玉ねぎが滑り落ちた。俺はふりかえり、ゆな先生の顔を見たが、彼女はすばやく視線をはずした。
「まだ受験するって決めてません。じいちゃんが勝手に言ってるだけだから」
「おい、なんやそのそっけない返事は。もちょっと気のきいた事言わんかい。ゆな先生おまえに気いあんで」
吉数の声が興奮からうわずっているのが、むかつく。見ると、ゆな先生の後ろで学ランを着て、日の丸の扇子をふっている。おもしろがりやがって……
「別に、社交辞令の挨拶みたいなもんだろ」
テレビから聞こえるバンビの愛らしい声に消され、俺のぼそぼそ声はゆな先生にはとどかない。
「そうかもしれんけど、もうちょっとつっこめよ」
「いいよ、気まずくなるの嫌だし」
「これやからさとり世代は。青春は盗んだバイクで走りだす、やろ!」
「なんだそれ?」
「知らんのか? 昔学生がカラオケで歌ってた歌や」
わけわからん。事故ったらどうすんだまったく。俺と吉数のくだらない会話を遮るように、子供が泣きだした。あわててテレビの側にかけよると、二歳児クラスの女の子がママと言って泣いていた。
ゆな先生がだっこして、背中をさすってやる。テレビの画面を見ると、ちらちらと小雪が舞う中、猟師に殺された母親を思い出しバンビが泣いていた。
「そっかママの事心配になったんだね。みくちゃんのママはもうすぐお迎えに来るよ」
その声に呼ばれたのかドアが開き、みくちゃんのママがお迎えにやってきた。
みくちゃんはゆな先生のひざから飛び降り、ママへ向かって一目散に駆けだした。抱きあげられると、こわばった表情はゆるみ笑顔で手をふり帰っていった。
それから何人もお迎えが続き、バンビが終わる頃には、優斗一人だけになっていた。
優斗の母親はシングルマザーで仕事を転々としている。今の仕事になってからお迎えの時間がぎりぎりだ。最後の一人になる優斗を何度も見ている。
「優斗、ハガレンジャーいっしょに見ようか」
窓際に立ち、外の暗闇に母親を探す優斗の手をにぎり言った。優斗は俺の顔も見ず、握った手を強くひっぱった。
「外で待っててもいい?」
今日は何時もより迎えが遅い。指定の時間を過ぎている。本来は室内で待たなければいけないが、優斗の不安がすこしでも軽くなればと、ゆな先生に許可をとっていっしょに外へ出た。
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