モーニンググローリー(仮)
66号線
第1部
イギリス・ロンドン
第1話
ロンドンの朝に雨はよく似合うと思う。
目覚まし時計の音がけたたましく月曜日の到来を告げる。右腕だけを伸ばし、いつものように止めた。あくびをしてから、朝の支度にとりかかる。日本にいるはずの俺の母親という女性が、窓際のフォトスタンドの中から微笑みかけている。
今日も明日も明後日も、昨日と何も変わらない日が始まる。この先の俺の人生はずっと同じことの繰り返しだと思うと、みぞうちがずくんと重くなる。リモコンひと押しで、売れないコメディアンが料理に挑戦するくだらないモーニングショーがテレビから流れてくる。
俺の目の前には日常と言う名の螺旋階段がある。首が痛くなるほど見上げてもキリがないそれを、ひたすら俺は昇り続けるしかない。生きるためには仕方がないこと、それだけをただ与えられたままやるしかない。俺は利口な男だ。世の中の仕組みを理解するには充分に賢いと思っている。しかし、俺の中にある本能は違うと叫ぶ。今すぐに俺はここから飛び降りたい。普段と代わり映えのない日常からはみ出し、誰も俺のことを知らない場所へ走りたい。俺は自由が欲しいだけなのだ。
俺はこんなところで終わる人間じゃない。与えられた仕事をこなし、ひたすら同じことを繰り返し、ただたた虚しく老いていく。俺はそんなつまらない人間じゃないはずだ。俺にしか出来ないこと、俺だけを求めている人間は必ずこの世のどこかにある。今はただ、見付かっていないだけだ。きっと……。
冷蔵庫の在り合わせで腹を満たす。クロワッサンとハム。またいつものメニュー。出勤までだいぶ時間がある。俺は紅茶を淹れた。品の良い、さりげない香りが俺をメランコリックなもの想いにいざなう。
朝起きて、飯を食って、仕事に行って、夜帰って、また寝る。
イギリス中流階級出身の父親と日本人の母親のもとに生まれて、俺が幼い頃に両親が離婚した。父親に引き取られてロンドン郊外の可もなく不可も無いレベルの学校に通い、興味もなければ大して好きでもない、給料が良いというだけで選んだエンジニアという仕事に就いた。この先はきっと思い入れのない女と結婚して、ごくごく平凡な家庭を築くだろう。今までがそうだったのだから、しょせん俺の人生はそんな程度だろう。特別に最高でもなければ、特別に不幸せでもない人生。努力もしていないが、失敗もない。すがりつきたい過去の栄光もなければ、これといって後悔もない。起伏もドラマ性も、残念ながら俺の歴史に存在しない。ありふれていて、とっくの昔に先の見えたつまらない人生だ。
明日、世界が滅亡すればいいのにと、わりと本気で思う。天災はどんな人間にも平等に降りかかる。誰のせいでもない。誰も恨みっこなし。
こんな普通の日々が永遠と続くと思うと、気が狂いそうになる。いっそのこと神様でも仏様でも何でもいいから、大きな力を持った誰かにこのつまらない世界を終わらせてほしい。外ではいつものように雨が降っていた。
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