メモ8
胆鼠海静
ペネロペ
着手してから三日経つが、延々と作り続けている。私は、ミミズとか蛇の類が苦手だが、蝶や蛾の幼虫はその最たるものだ。彼らは、個々の部位の色は大変綺麗なのだが、それらがあの配置で、あの動きをする、となるともう耐えられない。しかし、妻がそれの愛好家であるとなると、飼育ケースを居間に置くくらいのことには、黙っていなければならない。その妻が学生時代の友人と旅行に行くとかで、その間の世話を任された。
世話といっても、もうじき繭を作り始めるので、餌をやる必要はないとのこと。送り出した後、見るとさっそく糸を吐き始めていて、安堵した。その時は。妻の旅行は一週間で、彼女が家を出てから三日経つ。その三日間ずっと幼虫は、繭を作り続けているのだ。いや、そうともいえない。一時間前は、体の中程まで進んでいた進捗が、一時間後には、尾の刺のあたりにまで下がっているのだ。図鑑を調べてみたが、そういった習性はない。すると、一種の変異個体なのか。正常にしろ異常にしろ、作業の繰り返しで衰弱死されては困るので、餌を補充するようにした。しばらくしてみると、餌はちゃんと減っていた。
*
妻が外国で消息を絶ってから一ヶ月になる。作業はまだ続いている。虫の図体は、獣と比べ、驚くほどの短期間で、大きくなる。どうも、作業を行う合間に、体が大きくなるので、当初見込んでいたプランを再構するため、解体し、次のプランもまた役に立たなくなるので中断し、とその繰り返しが起こっているようだ。部屋の大きさとは不釣り合いに大きな櫛や果物が置かれている光景を描いた幻想絵画があるが、今行われている繰り返しの末、それと同じような光景が実現するのかと思うと、おぞけが走る。だが、妻の姿を重ねてしまったのか知らないが、餌をやるのを止められないのだ。
メモ8 胆鼠海静 @nikyu-nikyu
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