メモ6

胆鼠海静

何の毛か分からない。色とか縮れ方とかその他百数十の要素をインプットし、たちまち何の表皮に生えていたものかを当てられる僕だが、彼女のセーターについているものについては、何の手掛かりもひらめいてこない。ごめん、ごめんといいながら、ついさっきまで戯れていたことを謝るが、何と戯れていたのかは、特に相手も気にしないだろうという絶妙な素振りでこちらを聞きそびれさせてしまう、そこも彼女の天性の一つなのだ。絵の具を塗りたくって描かれた海面のように、黒のセーターを覆うそれは、他の人から見れば大型犬だろう、と流されてしまうだろう。しかし、僕の目は見過ごすことができなかった。そこで、僕は今日家に泊まることを、多少やむを得ないシチュエーションを作った上で(その点は彼女に負い目を覚えていることも事実だ)申し出たのだ。映画を見てしばらく歓談したあと、ペットの話をさりげなく持ち出してその所在を訪ねると、彼女は、特に怪訝な素振りも見せず、寝室と居間を仕切る仕切りの方を指差した。電灯から垂れ下がった紐が揺れている様子しか見えなかった。

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メモ6 胆鼠海静 @nikyu-nikyu

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