Ⅱ 庭の中(3)

「――はい。五人すべて、最初に気づいたのはわたしです。なぜかと問われれば、何か嫌な予感がしたからとしか……」


 紫の瞳を伏目がちにして、その異国情緒漂う褐色の肌をした修道女はハーソンの質問にそう答える。


 メデイアが呼ばれて告解室へ入って来た瞬間、ハーソンはわずかな驚きをもって彼女の姿を目にした。なぜならば、先刻、中庭からじっと彼の方を見つめていた修道女が彼女だったからだ。


 ……なるほど。確かに彼女だけは、他の修道女達と少々異なる何かを持っているのかもしれない。


 改めてメデイアと対面し、その異国的な容姿ばかりでなく、全身に纏ったどこかミステリアスなその雰囲気から、ハーソンはそんな感想を抱いた。


「ふむ。随分と勘が鋭いようだ……それで、君が見たその時のことを詳しく聞かせてほしいんだが、君もやはり、本当に悪魔憑きだと思ったかね?」


「はい。明らかに本人とは違う何かが、彼女達の体に宿っていました。声も顔つきもまるで違いましたし、何より、そうでなければ自ら鎌で首を掻き斬るようなことはしないでしょう……」


 俄然、彼女に興味を抱きながらハーソンが再び尋ねると、メデイアはやはり伏目がちに、だが、言い淀むことなく淡々と自らの意見を答える。


「確かに君の言うとおりだな……では、なぜ悪魔はそこまで執拗にここの修道女達を狙うんだと思う? グランシア院長はこの修道院を血で穢し、悪魔のものにするためだと考えているようだが、君はどう思うかね、エルマーナ・メデイア。遠慮なく、君の率直な意見を聞かせてくれ」


「はい……わたしも、そう考えるのが妥当だと思います。ただ、少し疑問に思うことも……」


 理路整然としたその答えに感心しつつ、ハーソンが次の質問をぶつけてみると、メデイアは首を縦に振るも今度は少し自信なさげな様子で、何か含みのある言い方をしてみせた。


「疑問? ……というと?」


「いえ、考えすぎなのかもしれないのですが……修道院を血で穢すだけでしたら、なにもあのような方法で彼女達を自殺させる必要性はないんじゃないかと。簡単にすますのなら鶏や山羊を屠るのでもいいですし、修道女を犠牲にしなければならないのだとしても、わざわざ五人に取り憑かなくとも、一人に取り憑いて他の者を殺める方がずっと効率的です。それに、なぜ毎回、凶器は鎌なのでしょう? 別に包丁でもナイフでも刃物ならなんでもいいでしょうに……ああ、すみません。わたし、ひどく残酷なことを……」


 聞き返すハーソンに最初は遠慮がちに話してはいたものの、ずっと疑問に思っていたのか次第に堰を切ったかの如く滔々と語り始め、不意にそんな自分に気づくと自らの言動を恥じる。


「いや、おもしろい…ああ、おもしろいと言っては不謹慎だが、非情に興味深い至極もっともな見解だ。そういえば、その凶器の鎌なんだが、君は五人ともその場に居合わせて、その鎌を実際に見ているね。現物はすでに処分してしまったみたいだが、何か共通点とか、特徴的なことはなかったかね?」


 その意外と可愛らしい一面もあることに新鮮さを感じながらも、それ以上に彼女の論理的なものの見方に感心を抱くと、ハーソンは思い出したかのように〝鎌〟のことを尋ねた。


「……あ! それなんですが、柄の部分に何か紋章のような図形が描かれていたのを見ました。院長の指示ですぐに焼却されてしまったので、今となってはもう確認のしようもないのですが、五人とも同じものだったと思います。おそらくは、その悪魔に関わる印章――〝シジル〟のようなものなのではないかと」


 その質問に、若干、頬を赤く染めているようにも見えるメデイアは、その気恥ずかしさを誤魔化すかの如くして今度も知的な回答をはっきりした口調で返す。


「ほう。悪魔のシジルか……では、やはりこれは悪魔単独の仕業ではなく、その裏には悪魔憑きを引き起こさせている何者かの存在が……エルマーナ・メデイア、君もこの修道院の中に魔女が潜んでいると思うかい?」


 今の言葉で、彼女が少なからず魔術的な知識を有していると確信したハーソンは、いよいよ核心を突くその質問を投げかけてみる。


「それは……わたしにはわかりかねます……」


 すると、それまでの明瞭な語り口とは一変、ますます伏目がちにハーソンから視線を逸らすと、曖昧な言葉でその答えをはぐらかそうとする。


「それでは、話題を変えよう……修道会の入会時に届け出た資料によると、君はここへ来る前、芸人の一座と各地を旅していたとあるが、その異国的な容姿と魔術的な知識、それに占い師のようなその勘の鋭さ……もしかして、君は〝ロマンジップ〟の出身なんじゃないかな?」


 明らかに隠しごとをしている彼女のその態度に、ハーソンは話題を変えると言いながらも、さらにたたみかけるようなより直接的な問いをぶつけてみた。


 ロマンジップ――それは、踊り子のような芸能に、占いやまじない、時に犯罪などを生業なりわいとして、各地を転々と移動しながら生活をする放浪の民である。彼女の不確かな来歴やその言動から、そう考えるのが一番しっくりくるとハーソンは考えたのだ。


 また、占いやまじないを専らとするその姿は、教会によって歪められたイメージ以前の、本来の〝魔女〟とも相通じるところがある……。


「い、いえ……そのようなことは……わたしはその……そこらによくいるただの芸人一座の出身でして……」


 だが、やはり彼女はお茶を濁すようにして、はっきりとしない言葉で口の上では一応、それを否定する。


「あの……やらなければいけない作業がありますので、もう行ってもよろしいですか?」


 そして、それ以上の追及を逃れようとするかのように、先手を打ってハーソン達に暇乞いをする


「ああ、それでは今日のところはこの辺で。また、何か気になることが出てきたら話をお聞かせ願えるかな?」


「ええ。よろこんで……」


 最早、それ以上問い質してみても無駄だと判断し、あっさりと彼女を開放するハーソンに対して、メデイアは心の籠っていない上辺だけの社交辞令を口にすると、早々に告解室を後にしていった――。

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