Ⅰ 異端審判の騎士(1)

 聖暦1580年代中頃、初夏……。


 それまでの輝かしき勲功により、帝国最強の騎士を意味する名誉称号〝聖騎士パラディン〟に叙せられ、伝統ある〝白金の羊角騎士団〟の団長に若くして任じられたドン・ハーソン・デ・テッサリオは、副団長で従兄弟でもあるドン・アウグスト・デ・イオルコとともに、エルドラニア王国の辺境、隣国フランクル王国との国境を隔てるピレネオック山脈の麓・ナバナ副王領を訪れていた。


 二人とも騎士団の紋章である〝神の眼差しを左右から挟む羊の巻き角〟が描かれた純白の陣羽織サーコートとマントをキュイラッサ―・アーマー(※胴・上腕・太腿のみを覆う対銃弾用の分厚い鎧)の上から羽織り、ハーソンは白馬、アウグストは栗毛の馬に乗るという、まるで凱旋パレードをする騎士が如き目に鮮やかな格好である。


 だが、こんな片田舎へ彼らが足を運んだのはもちろんパレードのためではなく、その旅の目的はプロフェシア教(預言教)の最高権威・預言皇庁からの命により、かの地に建つ女子修道院で起きた〝悪魔憑き〟事件を調査することだ。


「――しかし、新たな団員集めのついでとはいえ、なぜ我々がかようなことまでせねばならんのですかね。悪魔憑きなど、本当なら異端審判士の仕事でしょうに」


 パカパカと軽快な蹄の音を清んだ空気に響かせ、高原特有の美しい景色の中を馬で進むアウグストが、やはりとなりを馬で行くハーソンにさも迷惑そうな顔でぼやいた。


「今ではお坊ちゃま達・・・・・・の箔付け団体になり果てているが、我ら羊角騎士団はそもそもが護教のために結成された宗教騎士団だからな。本来の趣旨からすれば、それも当然の任務の範疇ということさ。もっとも、皇帝陛下はそんなことよりも、新天地(※新大陸のエルドラニア植民地)における海賊討伐の方にご期待なされているようだがな」


 ラテン系の黒い眉をひそめるアウグストの不平に、ハーソンはその端正な顔に薄っすらと苦笑いを浮かべてそう答える。


 ハーソンら白金の羊角騎士団の団員は、少々複雑な組織体系の中にある……。


 ハーソンやアウグストはエルドラニア王国の騎士であるが、現エルドラニア国王カルロマグノ一世は、いにしえの大帝国〝古代イスカンドリア〟の後継を自負する領邦国家(公国などの小国)た自治都市の集合体〝神聖イスカンドリア帝国〟の皇帝カロルスマグヌス五世としても即位したため、彼らは神聖イスカンドリア皇帝の臣下ということにもなる。


 また、イスカンドリア皇帝はプロフェシア教会の最高位・預言皇により任命されるため、必然、エルドラニア王国は預言皇庁の干渉を何かと受けることになり、加えて、羊角騎士団はそもそもが異教──特にアスラーマ教(帰依教)国や異端の脅威から教会を守るために設立されたものであることから、帝国ばかりか預言皇庁の仕事を請け負わされることもあるのだ。


 じつは、伝統的に名家の出の者だけが代々団長に就任していたところ、武勲だけでのし上がった田舎騎士のハーソンを聖騎士パラディンに叙し、大抜擢した理由もそこにある。


 貴族の子弟の箔付け名誉団体になりさがっていたものを、彼の手で立て直してもらうためだ。


 昨今はアスラーマ教徒の脅威だけでなく、預言皇を頂点とするレジティマム(正統派)に対して、開祖・はじまりの預言者イェホシア・ガリールの教えに立ち返ろうというビーブリスト(聖典派)が各地で反旗を翻し、いよいよプロフェシア教会を二分する宗教戦争の体をなし始めているので、現預言皇レオポルドゥス10世としては、そのビーブリスト対策のために一役買ってもらおうという腹積もりなのである。


 もっとも、その有名無実化した騎士団の改革には、理論的で実力主義を重んじるハーソン自身、意外と乗り気であったりもするのだが……。


 ともかくも、そんなこんなで新たな実力ある騎士団の人材を求めて帝国内を旅していたハーソン達に、ついでとばかりに今回の〝悪魔憑き事件〟の調査命令が下されたというわけだ。


「だが、今回の任務、教会側から出たというよりは、おそらく貴族達の差し金だろう。騎士団の改革で、自分の無能な息子達が入団できなくなったことへの嫌がらせだ」


「私も薄々そうではないかと……この厄介な任務、失敗すれば我らの大失態。仮に解決できたとしても羊角騎士団として当然の責務を果たしたにすぎないということですな」


 ドロドロとした貴族社会の裏事情をさらっと口にするハーソンに、アウグストもますます眉根を寄せて迷惑そうな顔を作って同意する。


「新団長の力試しのためとかなんとかぬかしてねじ込んだんだろう。教会側としても、身内のスキャンダルを内々に解決できれば御の字。割を食うのは我らばかりだ」


「そういう話ならば、当の預言皇も反対するどころか、むしろご賛成なされるでしょうからな。まったく、高貴なる人々というのはどこまでも食えない連中です……あ、見えてきました。あれがその修道院ですな」


 そんな不平不満を吐露しながら馬を進めていると、前方に広がる草原の真ん中に、淡い灰色をした石造りの大きな建物が見えてくる……かのジャルダン女子修道院だ。


「長い歴史と由緒ある女子修道院か……聞くところによれば、どうやら気の迷い・・・・の類という話ではないらしい……鬼が出るか蛇が出るか、騎士道物語の冒険よろしく、いざ、古城ならぬ〝女の園〟へ突入だ」


「女の園……あ、そういえば、男子禁制の女子修道院に我々は入れるんでしょうか?」


 その忘れ去られたいにしえの城のような外観に、じつは歴史や遺跡好きのハーソンが興味を覚えて冗談を口にする中、対して生真面目なアウグストはそんな心配を今さらながらにしつつ、好対照な二人はその目的地へとさらに馬を歩かせた――。




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