チョコレートケーキ

桜川 ゆうか

チョコレートケーキ

 テレビに映るザッハトルテは、つやつやでおいしそうだった。鏡のようなつやは、チョコレートが適切な温度で管理された証拠だ。

「いいな、おいしそう」

「ええ? 甘そうじゃない」

「ザッハトルテは、私が一番好きなケーキなの!」

「あんな甘いの?」

 母は昔から、甘いものが好きではない。一般の家庭だと、お酒を飲む父親、甘いものが好きな母親、なんてイメージがありそうだけれど、私の家はどちらかというと逆だ。母は呑む、父は甘いのが好き。

 私はというと、何とも言えないのだ、これが。多少は呑める。甘いのは、モノによる。洋菓子は好むくせに、和菓子はほとんど食べない。チョコレートの甘さは、ビターのほうが好きだ。コーヒーは飲まないのに。

 こういう変な趣味だから、周りにはいつも不思議がられる。

「あれ? お酒、呑めるの?」

「え、コーヒーだめなの?」

 人の趣味なんて、千差万別だ。ただ、人の好みには、何かしらの体験が原因になっているケースも多いらしい。

 私がコーヒーを飲まないのは、1歳のときに母のブラックのモカを舐めてしまったのが最初の体験として刻まれていたようだ。思い返せば、コーヒー牛乳もあまり好まなかった。コーヒーですか、紅茶ですか、と訊かれると、必ず紅茶と答える。イギリスに遊びに行くときも、職場の先輩からコーヒー飲めないよ、と冗談めかして言われ、自分はコーヒーが飲めないと暴露して笑った。

 実際にはまったく飲めないわけではない。ただ、好まないだけだ。コーヒーは嗜好品なので、飲まないから身体に悪いというわけでもない。砂糖を入れて飲めば、太る原因にもなりそうだった。そのため、あえて苦手なままで放置していた。

 以前は家の近くでも、ザッハトルテを売るお店があったが、近年、私がケーキを買おうと探しても、見つからない。母は甘いケーキが苦手なので、近年はケーキを買うとき、全員ばらばらに買うようになっていた。

 甘党の父は、ケーキを食べる機会を逃すような人ではない。クリスマスには自分でケーキを買ってきた。ただ、仕事があると夜にしか買ってこられないので、父が買ってくるケーキは、たいてい、あまり好評にはならなかった。

 その日、私は誕生日を迎えていた。何歳か、なんて数えて喜ぶ年齢ではない。それでも、父がケーキを買ってこないように、母が買うと言ったので、私は気にせず仕事に出かけたのだった。


 そろそろお風呂に入ろうという時刻になって、ケーキを出すと言われた。本当は食べてすぐに入らないほうがいいのだけれど。

 食卓に出てきた白い箱を、私はそっと開いた。数種のベリーのショートケーキと、白いクリームとムースがたっぷりとしたケーキと一緒に、明らかにチョコレートコーティングされたケーキが入っていた。

「あんたが、ザッハトルテが好きだって言うから」

「ありがとう」

 ザッハトルテ、なのだろうか。でも、クリスマスのときにケーキを買おうとしたとき、私は2駅先の繁華街でも、ホールのケーキしか見つけられなかった。いったいどこで買ったのだろう。

 不思議に思いながらも、見た目を疑わずにそのケーキを取ってしまう。

 みんなそろって、一口食べてみる。

 強い苦みが広がった。ザッハトルテではない。コーティングこそされているが、中身はまったくの別もので、私が好んで食べる味でもない。

 明らかに、コーヒーのケーキだった。でも、母は私が好きなケーキだと思って、これを買った。母に本当のことを言わないほうがいい。

 私は黙ったままケーキを食べ続ける。コーヒーの浸みこんだスポンジの苦さはあるが、上はチョコレートでコーティングされているし、コーヒーではない層もあったから、食べられなくはなかった。フォークで切ったところは、明らかに層が見えている。

 何だろう、これは。

 部屋に戻ってネットで検索してみると、オペラという名前が浮かび上がってきた。普通はサイドまでチョコレートでコーティングするケーキではないが、たまたま、そのケーキはコーティングされていた。長いオペラの幕を、層を使って表現したケーキで、一般的にコーヒーが多く使われ、一番上にチョコレートの層が来る。

 見た目で探したなら、間違っても不思議ではなかった。母としては、私の希望に応えるつもりだったのだし。

 なんとなく笑ってしまう。私はそのまま席を立つと、浴槽を洗いに向かった。

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チョコレートケーキ 桜川 ゆうか @sakuragawa

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