第7話

眼を覚ますと辺りは全てが真っ白な風景になっていた。寝ぼけているオレには何が起こったのかよくわからない。

確か、自分の部屋で寝ていたはずだったのになんでこんなところにいるのか?

そうまだ完璧に働いていない頭を無理に働かせるオレに後ろから誰かが声を掛けた。

「よう、太一」

その声は明るくなんだか懐かしい感じがした。確かこんな声の奴はうちの高校にいただろうか? 谷山じゃなさそうだし、オレが忘れているだけか? 懐かしいだけじゃなくなんとなくそいつを知っているようなきがしていた。オレは後ろに振り返る。するとそいつはそこにいた。しかし、そいつの顔には霧がかかったようにぼんやりとして顔がはっきり見えなかった。ただ笑っているのだけはわかった。

「おいおい、俺のことも忘れたのかよ? 悲しいなアレだけ遊んだのに」

そいつはわざとらしく肩をすくめた。

「まぁ、無理もない。とりあえず太一、ひとつ聞くけどいいかな?」

「何だ?」

「今、お前は生きていて楽しいか?」

 そしてオレは眼を覚ました。

「末原、私の授業を受ける気があるのか?」

顔を上げるとそこには日本史の教員である青田が禿げた額に怒りを表すような筋を浮き上がらせながらオレを見ていた。

「へ?」

あたりを見回すとクラスの全員もオレを見ていた。隣の綾瀬川は知らん顔で日本史の教科書を黙々と眺めていた。

オレは青田に謝り、授業は再開した。どうやらオレは居眠りをしていたらしい。

しかし、今の夢は一体なんだったんだ? やけに鮮明だったし現実感があったな。

あんな知り合いがオレにはいただろうか?

ちょっとした疑問を残したまま目をつぶるとまた深い眠りに落ちていった。

終わりをつげるチャイムがなるとともにオレは起きた。

どうやら今回は夢なんて見なかったみたいだ。まぁ、その方がいいだろう。

トイレに行こうと立ち上がったとき綾瀬川が突然声をかけてきた。

「ねぇ?」

「ん? 最近、お前から声をかけてくることが多いな」

「別にいいじゃない。さっきのことで気になったんだけれど」

「さっきのこと?」

「さっき授業中に寝てたときのことよ」

「はぁ? それがどうしたんだよ?」

「さっき、末原君、居眠りしてる最中に竹中ってつぶやいてたわよ」

オレはその名前を聞いて少し、驚いた。

「………………」

「この学校にいるのかしら?」黙ったオレに綾瀬川は言った。

「いないよ。確か中学時代の友達だよ」

「確か?」

オレは綾瀬川の問いかけを返すことなく席をたち、教室を出た。綾瀬川は深追いしないから、内心ほっとした。

竹名誠。

オレは彼のことを忘れかけていた。彼は中学時代の友人でとても仲が良かったのはかすかに覚えている。だけど彼はここにはいない。

この街には。この世界には。

いつの間にか三年がたったらしいけど実感がわかない。

過去のことだからもう気にはしていなかったはずなのに何で今になって思い出したのだろう? 竹中が夢の中で言っていたことが頭から離れない。

『今、お前は生きていて楽しいか?』

そんなことわかんねぇよ。

放課後、もやもやした気分を引きずりながらオレは部室へ向かう。今日はバイトがないためダラダラできる。

綾瀬川は授業が終わってから急いだように教室を出て行ってしまった。任務か何かだろうか? オレには関係のないことだろう。

部室の前に着き、ドアを開け、「あれ?」とオレは一人で間抜けな声をだしてしまった。

いつもならパソコンに向かいキーボードを打ち続けてる白石がいるはずだ。しかし今日に限って誰もいなかった。珍しいな……。暇だから誰か来るのを待ってみよう。

机に荷物を置き、椅子に背を持たれかける。

考えてみれば最近、一人になることが少なかったし綾瀬川たちと関わって一ヶ月以上たつんだもんな……。あのときは五月の半ばだったしもう六月の後半だ。月日は流れるのは速いなと思う。けれど俺は何にも綾瀬川たちのことを詳しく知らない。

最初は巻きこまれ、無理やり関わるよう強制されていやに思っていたけど最近、あいつらといることが多くなってそれがあたり前になってきたな。持田にはなかなか会えないが。

これからというものこういう生活が続くのだろうか? それにあいつらのことを知ることができるんだろうか?

この前の綾瀬川もおかしかったし、最近、変な夢を見てしまう。

オレ、疲れてるのかな……? 疲れることなんて何もしてないんだけどね。

机に突っ伏して、窓の外を見る。まだ夕暮れにはほど遠いな。

どうやらまだあいつらは帰ってこないらしい。どうしようか?

そうオレは考えて目を閉じた。


――――「太一。お前はどう思う?」

竹中は夕日を後ろにして、オレに質問をした。

「どうって、オレはよくわかんねぇよ」

「そうか、お前は考えないもんな。いや、考えないんじゃんなくて考えないようにしてるのか。まぁ、当たり前か」

竹中の顔は影がさして見えない。

「これから先のことなんてオレらにはわからないもんな。中一の俺らにはまだ早すぎる考えなのかな? でもどうしても気になるな。なぁ、太一?」

「何だ?」オレには竹中の言いたいことや考えていることが見えない。

「これから三年後、オレらはどうしてるんだろうな? 同じ高校に入学して、馬鹿やったり、放課後に遊んだりしてさ。彼女ができた、できないとかの話をしたりとかさ。そんなことやっているんだろうか。なぁ、太一、お前はどう思う?」


目をあけ、あたりを見回す。

いつもオレが来ている部室で窓を見るとあたりは薄暗くなり、明かりがついているのは吹奏楽部が使用してる棟だけで時計をみると三時間近く寝てしまっていたらしい。

眠たい目をこすり少しボーっとする。あいつらは帰ってこなかったのか……。

なんだか変な気分になるがそれを否定し、立ち上がる。

体が寝ていたからなのか、重たい感じだ。体を伸ばすと筋肉が伸びる感覚が気持ちいい。

ふとあいつらがこの時間まで帰ってこないということは多分、かえってこないのだろうなと思った。

帰るとするか……。

オレは鞄を持ち、映画研究部を後にしようとする。

ん……、待てよ?

一体、戸締りはどうするんだろう。こればかりは最大のミステリーといってもいいだろう。

鍵を開けっ放しにするわけにもいかないしな……。

とりあえず職員室に行って鍵があるか確かめてみよう。

考えながらドアノブに手を掛けた。しかしオレはこのとき予想していなかったことが起きた。

あれ……、扉が開かないぞ?

ドアノブをいつものように回し、扉を開けようとするが、向こう側から何かが押さえつけているかのようにピクリとも動かない。

鍵は内側からかける形の奴なのだが鍵をかけた形跡もないし、ちゃんと開いている。

混乱したオレは何度もドアノブを右左に回したり、思いっきり体当たりしてみたがやはりビクともしない。何なんだよ、一体?

サスペンス映画の主人公をやってるわけじゃないのだが……。混乱する自分と冷静になろうとする自分が頭の中で抗争を繰り広げている。

「意味がわかんねぇんだよ」そうつぶやいた瞬間、ポケットのなかの携帯が激しく震えだした。すぐにとりだし画面を見ると見知らぬ携帯番号。

オレは思わず出てしまった。

「もしもし?」

「末原君?」

帰ってきた声は大きく思わず耳を受話口から離した。

もう一度、受話口に耳を当て口を開く。

「あっ、綾瀬川か?」どうやら綾瀬川の携帯かららしい。

「末原君、今何処にいるの?」

綾瀬川はいつもの雰囲気だがなんだか様子がおかしく、耳には綾瀬川の声だけでなくサーっという雑音も聞こえる。走っているんだろうか?

「学校だけど……?」

「説明は後でするから。今すぐそこから逃げて」

「はぁ?」

ドアは開かないし、綾瀬川に逃げろといわれるし何なんだ?

そうオレが疑問を感じると共に後ろでバシュッと水風船が割れるような音がした。

音の方向つまりは後ろに振り向く。すると俺の窓の近くには女の子が立っていた。何処からともなく現れた女の子にオレはふと呟いた。

「誰……?」多分、疑問としては間違いといっても良かっただろう。

女の子はただオレをまっすぐ何の表情も浮かべずに見据えていた。そしてオレに向かってゆっくりと近づいてくる。女の子の手を見ると変な色に光っていた。

なんだあれ?

まさか……。

耳元からは綾瀬川の声が聞こえる。

「末原君! すぐ逃げなさい!」

何かを察した綾瀬川が電話の向こう側で怒鳴った。

なんだかわからないがこの事態が緊急事態だということが綾瀬川の声でわかった。逃げなきゃいけないのはわかっていたが逃げる場所などない。

「そうしたいがドアが開かないんだよ!」

オレは携帯電話に怒鳴る。その間にも女の子はオレに近づいてくる。

綾瀬川に返答を求めようとしたがなんの冗談か、通話はすでに切れツーツーと虚しい音だけが聞こえていた。マジかよ……。

毒づきながら顔を上げると女の子は手の届く距離にいた。

女の子はオレの目に目線をあわせ口を開いた。

「あなたが末原太一ね」

この子なんでオレの名前を知っているんだ?

疑問を頭に浮かべるのと同時に無言で光る手をオレに向ける。待てよ……、まさかとは思うが目の前にいる子は……。

女の子は殴りかかるように手を伸ばしてオレをつかもうとした。

そのときだった。

何処からともなく白石がワープしてきたかのように現れ、そしてオレと女の子の間に割って入ったきた。

「―――!?」

「なっ!?」

白石はオレに背を向けるように女の子へと向き直ると電光石火のスピードで右手に持った銃の照準を合わせ躊躇なく発砲した。パンというような小さい花火が爆ぜるような音が三回ほど聞こえた。

女の子は驚いていたがすぐに白石の照準内から発砲する一秒前に横へずれ弾丸が当たるのを避けるとカメレオンが擬態するような感じで風景と同化しさっきと同じような音がしそこからいなくなった

 部室内は誰もいなくなったように静かになりいつものような雰囲気になった。

オレは今の流れを処理できずに口を半開きにしたまま、ただ目の前の白石を見ていた。

「何がおきたんだ……?」オレが混乱する頭を使い言えた言葉はその一言だけだった。

「大丈夫……?」白石は向き直り、能面より感情のない顔をしたままオレに問いかけてきた。

「ん、あぁ…。大丈夫だ……。一体、今のはなんなんだ?」

「説明は後でできる。今はここから離れることが先決」

白石はオレが疑問をぶつける前に左手を差し出した。

「……?」

「左手を握って……。握ったら目を閉じて……」

「へ?」オレは間抜けな声を出す。

「時間の猶予がない。早く……」白石は淡々と言う。

「あぁ、わかった」

オレは言われるがまま、左手を握り目を閉じる。目を閉じたせいで視覚情報が一切入ってこないため、手の感覚なんかがいつもより敏感になる。

白石の手は生きているのかと思うほど冷たく、ひんやりとしていた。

「これから、近くの公園に移動する……」

移動、白石は何を言っているんだ?

そんなアホなことを頭に浮かべオレは白石に聞こうとしたとき、足元から地面が消え、体が立ったまま浮いたような、なんとも言いがたい感覚にとらわれる。

「おおおおおお!」

オレは思わず声を上げる。一瞬の間だが心地いい感じがし、嬉しくなる。

しかし、それは一瞬で次の瞬間には落ちるような感覚にとらわれる。

「ぬおぉい」変な声を上げてしまう。

しかも目が回るオレは気持ち悪くなり白石に助けを求めようとし、口を開きかけたが白石の方が速かった。

「着いた……」

「は?」

目を開けると部室からいつの間にか小さい子が遊ぶような砂場に風景が変わっていた。

あたりを見回してみる。すると数百メートル離れた視線の先に学校の一部が見えた。

どうやら学校の近くの公園だった。

「ここは……」ボソッとつぶやく。

「ここなら彼らもわからない……」

白石は無表情でいう。

「もしかしてワープしてきたとか、そんなふざけたこと言わないよな」

「ワープしてきた……」

「さいですか……」オレはただそういうことしかいえない。

一ヶ月前に白石が消えたのを見ている。彼女の能力、テレポートだったっけ?

あぁ、わかってる、すごいことを経験したのにそれだけしか言えないのかって。

語彙の少なさは自覚しているが同じくらいの子が銃を持っていたら言葉がでないわ。

「もうすぐ綾瀬川がここに到着する……。彼女がいれば彼らには手出しできない。一番ここが安全、だからここにいて……」

淡々と言う彼女にオレは気になっていた疑問を口にした。

「もしかして持田がいっていた異世界人か?」

白石は返事もせずにその場から消えた。説明するっていいながら説明なしかよ…。

完全に置いてけぼりにされたオレ。もう一度、あたりを見回してみる辺りには誰もいない。

しかし、何だって異世界人とやらは攻めてきたのか? 突然、現れたけれどあれは白石と同じ能力じゃないか?

「その通りですよ。彼女は優秀な瞬間移動者(テレポーター)です」

空から降ってきたとでも言わんばかりに後ろからいきなり声がした。

振り向いて見ると一人の若い男がニヤニヤ、笑いながら立っていた。

「いや、彼女の登場にはビックリしましたよ。まさかあのタイミングで割り込んでくるとは……、まぁ、想定はしていましたけど、本当にやるとはね。けれど気配を消しておいてよかった」

男はひとりで空に向かってうわごとのように喋っていた。

なんだ、コイツは……?

「おおっとごめんなさい。なんだコイツは……と不思議に思うのはしょうがないでしょう」

なんで今、オレが思ったことを?

「オレが思ったことをなんで口にできるか?ですか?」

男の笑いは表面上は爽やかな感じで人当たりがいいように見えるが雰囲気は悪意の塊とでもいうような感覚を覚え気持ち悪くオレは身構える。

「そんなこわばらないでください。これは私の体質なのです。人の思考が読めるとでも言いましょうか?音が聞こえるように考えることがわかってしまうのです。それだけはご了承していただけませんか?」

男はピエロのようにおどけるように言う。

「申し送れました。私の名前は……。ここの言葉では発音しにくいですね。一応、あの忌々しい組織からはダグラと呼ばれています。以後、お見知りおきを」

仕草がわざとらしくなんだか不自然だった。

「異世界人…か?」

「その通りですよ。私たちの存在をご存知でしたか。嬉しい限りですね。あっ、言い忘れましたが私は彼らのまとめ役をやらせていただいております。ちなみに私ども異世界人はこちらの言葉でいう、超能力を持っています」

まとめ役……? リーダーということか?

「まとめ役といっても後ろで見ているだけがとりえなんですがね。リーダーではありません。あぁ、また思考の方を読み取ってしまいました。注意はしているんですがね」ダグラはおどけたようにいう。オレは何も言わない。

「まぁ、今回私も、この作戦には反対だったんですが、彼らが頑固として聞きませんでして……。遅かれ早かれどちらにせよ、やらなくてはいけないことだったんですが。しかし、運命とは奇遇なものですね。こんな形であなたと出会うことになってしまいましたが」

ダグラはオーケストラの指揮者のようにわざと過ぎるほど両手で虚空を仰いだ。

「末原太一さん。私はあなたに用があってここにきました」

「オレに用って何だ?」

「あなたの力を私たちに力を貸していただけないでしょうか?」

「はぁ?」

ダグラは苦虫をつぶしたような表情をした。

「私どもとしましては、かの組織なるくだらない野望を持った忌々しい存在をなくしてしまいたいのです。それが私どもの願いでした。しかし、我らが願いを邪魔するもの達が現れたのです」

持田のことを言っているのだろうか?

「持田ではありません」

勝手に心を読むなよ。

「持田は私どもと同じクラス。いうなれば彼の力はそんなに脅威ではないのです。付け加えると白石優もその部類に入ります」

「けど、組織の人間ってまだ他にもいるんだろう? そのうちの誰かが邪魔ってことだろ」

「違います。あなたに接触することに意味があるんですよ」

「なんでだ?」

「考えてみてください。一般人であるあなたになぜ近づいたか?普通なら私たちとは関り合いがないはずです」

「確かにそうだな」普通に話しているが、ダグラの声がなぜか遠く離れた場所から発しているように聞こえる。

「そんなあなたにある接点は? 持田? 白石? 学校?」

ダグラは口角を最大にまで吊り上げ、悪魔のような笑顔で言った。

「綾瀬川のぞみですよ」

「……」

「彼女の力は我らだけではなく全ての超能力者には厄介なのですよ」

「そんなこと、聞いてないぞ」

「おや、あの男は何も言わなかったんですね」

ダグラは残念そうに肩をすくめ、大げさなリアクションをする。

「綾瀬川のぞみ、彼女の能力は全ての超能力者の能力を無効にするという桁が外れた能力を持ちます」

本当かよ?

「本当ですよ。まぁ、話がそれてしまいましたが本題に入りましょう」

ダグラは一息つくように息を吐く。

「本題?」

「最初に言いましたよね、あなたに力を貸してほしいと」

「オレにできることなんてないし、お前らに力を貸したいともおもわない」

「そうですか。まぁ、あなたが拒否してもそんな権利はないんですが」

ダグラは口元を歪め、笑う。

その瞬間、後ろでバシュッという聞き覚えのある音がした。

後ろに振り向くと部室に出現した、瞬間移動者(テレポーター)と呼ばれる女の子が後ろに立っていた。

オレが反応するよりも早く、彼女は動き、襟元をつかまれ投げ飛ばされた。

背中に硬い地面の感触。痛い。

綾瀬川にもこんな痛いことされた記憶はない。

女の子は痛がっているオレを腹ばいにし、上から押さえつける。

体の自由を奪われ、地面に顔が当たる。

「クソ、何なんだよ!?」

「そんなにわめかなくても貴方を殺しはしませんよ。ただ話を聞いてもらうだけです」

話を聞くのにこんな痛いことされたのは初めてだ。

「とにかく私たちの計画には彼女が邪魔なのです」

ダグラはオレの心を読んでいるはずなのにそれを無視し、空を見上げ勝手に喋りはじめる。

「そこで考えました。私たちの計画を簡単に実行できる方法を」

ダグラはオレの目を見ていった。

「綾瀬川のぞみを私たちの仲間にしてしまおうと」

「・・・・・・」

「おや、驚かれないのですね。それはいいとして、仲間にするにしてもどうやって仲間にしようか、悩みました。そこであなた、末原太一という存在に気づきました」

気づくなよ。オレの私生活が綾瀬川たちのせいでハチャメチャに近いのにまた変なのが現れて、ハチャメチャになっちまう。

「ずっと、綾瀬川のぞみがこちらを監視していたのを知っていました」

綾瀬川は毎日、屋上で遠くの方を見ていたがあれは意味のない行動じゃあなかったんだ。

異世界人の動向を探っていたということか。

「その通りですよ。綾瀬川のぞみの傍らには貴方がいたのはこちらからみていましたから」

オレは関係ないのに一緒にするな。

「まぁ。利用価値があるから一緒にするんですよ。貴方はこれから綾瀬川のぞみを通して組織と関わることになるでしょう。そこで貴方に綾瀬川のぞみを私たちの仲間に加わるように説得していただけませんか?」

「そんなのオレに頼まないで、自分たちですればいいだろう」

「彼女は私たちを問答無用で排除しにかかります。会話をすることすら難しいのです」

アイツは学校の外でもツンケンしてるのか。ちゃんと話し合うところは話し合えよ。

「そこで一番、身近にいる貴方に白羽の矢が当たったのです」

当たりたくなかったは、んなもん。身近っていっても知り合って間もない。

綾瀬川とはただの脅迫されて一緒にいるだけの関係だしな。

オレが黙り、地面に顔を当てているとダグラはオレに背を向け遠くを見ていた。

「悩みますか?」

「別に悩みはしていない。あんた達のことなんてオレには関係ないし、綾瀬川との関係はただの知り合いだ」

「その通りよ」

オレがそう、呟いた瞬間、オレの視界の届かない場所から聞きなれてはいないが知っている言葉が聞こえた。

そしてオレを押さえつけていた女の子は飛び跳ね何かから逃げるように俺の上からどいた。

すぐに立ち上がり、声のした方を見る。

そこにはいつもの制服を着た綾瀬川がナイフを持って異世界人をにらむように立っていた。

「ずいぶんと仲良くやっていたのね」

綾瀬川はオレを見るなり、そういった。

ただ綾瀬川は息が上がっていた。走っていたからだろう。

「仲良くなんてしてない。あいつらが一方的に関わってきただけだ」

「そう」

綾瀬川はそっけなく興味がないように答えた。

「おや、これは綾瀬川のぞみさんではないですか」

ダグラはまるで昔の知り合いに道端で偶然、会ったような軽さで綾瀬川に向かって言った。

「ちょうどいい。当の本人が出向いてくれるとは話は早い」

「私もリーダー、白石も話すことはない」

ダグラの言葉をあしらうように一言つぶやき、綾瀬川はナイフを構える。

「冷たいですね」

「早く、消えろ!」

綾瀬川はダグラに向か切りかかる。

しかし、瞬間移動者(テレポーター)の女が綾瀬川の前に立ちはだかった。

綾瀬川は動じることなく、その女の子に標的を変えナイフを横に流す。

女の子はそれを難なく回避する。

そして綾瀬川から一旦距離を置き、何かしようと構えた。

ふと女の子の表情が変化した。無表情だったのが驚くような顔をした。

綾瀬川はそんな女の子に余裕を許さずナイフを突きたてようとする。

「あれがのぞみちゃんの能力、打消し(ナッシング)だよ」

いつの間にか持田が後ろに立っていた。

「のぞみちゃんの能力は目には見えないからね。あの異世界人の女の子は事前に聞いてはいたんだろうけど実際には見たことがなかったんだろうね」

「いつからそこにいたんだよ?」

「ん、今、来たところ」

持田は敵がいるのにも関わらず、いつもと変わらない飄飄とした態度でいる。

「これは我らの友、持田健人ではありませんか!」

持田の存在に気がついたダグラは笑ってはいるが明らかに嘲笑と呼ぶべき表情だった。

「僕は別に友達でもなんでもないんだけど」

「そんな寂しいことは言わないでくださいよ。いつかこの手で命を頂きますから」

二人は綾瀬川と異世界人の女の子の戦闘を尻目にけん制し合っていた。

「くっ…!」

異世界人の女の子はダグラの前に煙のように突然、現れた。その顔はなんだか苦しそうだった。腕を見てみると制服が絵の具をこぼしたかのように赤く染まっていた。

「案外、しつこいわね」

無表情でナイフを構え、異世界人を警戒しつつオレと持田の目の前に歩いてくる。

いや、お前のほうが案外しつこいのかもしれないぞとオレは冷静に考えた。

「さすが綾瀬川のぞみさんですね。なかなか手強いですね」

ダグラは笑顔を浮かべているが相当、頭にきているんだろうか額に青筋が浮き上がっていた。

それに今、綾瀬川の能力でダグラは他人の思考を読むことができない。

「敵にほめられても嬉しくないわ」ツンケンした表情で綾瀬川は言った。

「おやおや、厳しい言い草ですね」ダグラはおどけるようにいった。

異世界人の女の子は怪我をしながらも綾瀬川を含め、オレと持田にも殺意をむき出しにしている。まだやりあうつもりらしい。そんな女の子にD303は意外な言葉をかけた。

「そろそろ帰りますよ。『#$&‘』」女の子はダグラの顔をまじまじと見た。

D303は聞き取りづらい何かを言ったがどうやら女の子の名前らしい。

「逃げるの?」綾瀬川は食ってかかる。

内心、もう放っておけばいいんじゃないかとオレは毒づいた。

「まぁ、予定はそれてしまいましたが、今日の目的は果たされましたしここに長いするのは計画のうちにないですからね」ダグラは綾瀬川の威嚇を意に介さず言った。

ダグラの近くにたつ女の子は不服な顔をしていた。

「それではこれにて失礼します。末原さん、忘れないでくださいよ」

ダグラは人差し指を口に当て、笑う。

「逃がすか!」

綾瀬川は叫びつつ思いっきりナイフを投げつけた。

しかし、ナイフは近くの遊具に当たり、金属音を反響させながら地面に落ちた。

「行っちゃったね」

気の抜けた声で持田は言った。

ふと綾瀬川の方を見るといつもの仏頂面でさっきまでダグラがいた場所をみていた。

本当に一体なんだったんだろうか?

「のぞみちゃん」

「なんですか、リーダー。やめてください、その呼び方」

「この状態だと校内にいた敵さんも逃げたみたいだね。優ちゃんからも連絡きてないし」

綾瀬川は持田が言ったことに反応せず、校舎の方を無言で向く。

「それにしても太一君は、危ないところだったね」

持田は薄笑いをしながら、言った。

「なんだったんだよ、一体!?持田、オレは聞きたいことがいっぱいあるんだが」

「そうだね。太一君に話忘れてたことがいっぱいあったみたいだね」

持田が薄ら笑いを消し、オレの方を見たのと同時に白石が現れた。

「敵、殲滅した…」感情がなく抑揚のない口調で言った。

「何人いた?」

「大体、四、五人くらい…」

「じゃあ、大体七人でこちらに来たってことか」

持田は両目を右斜め上に向け、何かを考えるような仕草をしていた。

相変わらず、綾瀬川は何も喋らず、黙ったままだ。

「優ちゃん、のぞみちゃん。とりあえず、今日は帰っていいよ。上の人には僕から説明しておくから」

「わかった・・・」

「……」

白石は普通に答えた。しかし、綾瀬川は黙ったままだった。

「それから太一君」

「……?」

「男同士でちょっと話そうか」

持田は普段の微笑を浮かべながら言った。

「二人ともお疲れ様。もし何かあったら連絡して」

そういうと二人はそのまま、何も言わず帰っていった。

 オレはただその場の状況に流されるしかなく、立っているだけだった。

綾瀬川と白石が帰るのを見届け、持田とオレだけが公園にいた。

「さぁ、当の本人は帰ったし何処から聞きたい?」

「何処からって…、言われてもその何処からがわからない」

「確かにね。何も知らない人間にどうするって選択肢を与えてもだめだよね」

持田はおどけたようにいうとそのまま近くのベンチに腰を下ろした。

「知っての通り僕らは超能力者でとある組織に属している」

そんなの知ってるし、いまさら言うことじゃない。

「で、敵は異世界人ってとこまで説明したんだよね」

「まずあの異世界人たちは何であんたたち組織と戦ってるんだ?」

オレはまずそこから聞きたかった。戦う理由。

彼らを殺すのにはそれなりの理由があるはずだ。

「戦う理由か…。どう説明しようかね。話は十年以上前に戻そうか。とある科学者と研究チームがひとつのワームホールに入るための穴を見つけた」

「ワームホール?」聞きなれない言葉だな。

「時空構造の位相幾何学として考えられてる構造の一つで時空の一点から別の離れた一点へとつながる空間…って言われてもわからないよね。簡単にいうとこの場所から別の場所に行くためのトンネルってとこかな」持田は難しい顔をしていった。

「つまりは近道みたいなものだ」

「そうとも言えるんじゃないかな? ただワームホールはタイムスリップとかで考えられてたみたいなんだよね。でもその科学者は別の世界へと続くワームホールの穴を見つけたらしい。その話を知った僕らの組織の上の人間はその穴に興味を持ち始めた。そして科学者と何人かではその先にある別の世界と僕らの世界を繋げたんだ。あちらの世界を見ることはできないかと。そして繋げた結果、あちらの世界を見ることができた。その世界はまったくこの世界と似た同じような世界だったんだ。科学者たちは観察することに決めたけど少しだけ違ったことがあった。あちらの世界には超能力者が社会に出ていたんだ。超能力は万物、人の心など多岐にわたる能力があった。そこで何人か研究チームを組んであちらの世界に渡ろうとしたんだ」

科学者ってのは意外と無茶しよるんだな。

「ただ結果は失敗に終わった。こちらからはわたることができなかった。ただ向こう側を観察することしかこちら側にはできなかった。科学者たちは観察し続けた。そこで気づいたのは超能力の力が余りにも向こうの世界では大きかった。確かに兵器など人を傷つけるようなものは同じようにあった。けど超能力を持った一人の人間が戦車に匹敵するほどの力を持っていた。あまりにもぶっ飛んだ話だよね。個人的な感想はともかく科学者たちは恐れた。向こうの世界の人間がこちらに来ることを。それでそのワームホールの穴を閉じようとしたんだ。けど…」

「けど…?」

「何人かの異世界人がその穴を通ってきてこちらへとやってきた。案の定、戦闘になったみたいだけどね。そのうちの数名を殺害し一人を捕まえた。名前を聞いても、こちらの発音では難しいみたいでちゃんと呼べなかった。だから記号か何かで呼ぶことにしたんだろうね。彼らの話によるとどうやら向こう側もこちら側を観察してたとさ」

持田は、はぁとため息をもらす。ただそれがため息なのかどうかはわからない。

「それを期に向こう側から何度もこちら側に異世界人が来るようになった。異世界人はこちらの人間に成りすまして活動をしているみたいだけど」

「活動?」

「さぁ?僕は上の人間じゃあなからわからないよ。ただこちらの様子を観察してるんじゃないのかな?」

「そんなアバウトでいいのかよ?」

持田はリーダーじゃないのかよ。そう突っ込みたかったが言わない。

「まぁ、僕も全てを把握できてるわけじゃないからね。話を戻すけどいいかな。さすがにこちらとしても彼らを放っておくことはできないから、組織は彼らに対抗するために部隊を創設しちゃったんだよね」

部隊?

「それが今、僕らが所属している部隊。まだ成人になっていない超能力の素質を持った奴を集めて異世界人と対抗できるために訓練させ、兵士にしたんだ。それから戦いが少しづつ始まったんだ」

「つまり、こちら側に来てる異世界人を強制的に排除してるってことか」

「理由としてはそういうことになるね」

なんちゅう話だ! まずそんなことがありえるのかがオレには信じられない。

「実際に起こっちゃってるからしょうがないんだけどね」

持田は片方の口角を上げた。しかし、その話が本当だとしてもなんていうことに巻き込まれ端だ、オレは。

「で一つ気になることがあったんだが」

「何かな?」

「綾瀬川はそんなにすごい存在なのか?」

「やっぱりそこ気になるんだ?」

持田はニヤリと笑った。

「なんだよ。その顔は」

「別に、なんでもないよ」

「と、とにかくあの男は綾瀬川が自分たちにとって面倒な存在だとか言ってたんだよ」

「それは本当だよ。彼女は何処を探してもみつけだすのが難しい存在だからね。僕ら組織の人間にとっては大切な存在だし。いうなれば彼女は世界に数台しかないような車みたいなもんだよ」

車にたとえるのかよ…?

「ただなんでそんな大事な奴が戦うための前線に出てきてるんだよ?」

「あぁ、彼女は組織の人間って言っても正式に所属しているわけじゃあないんだよ」

「どういうことだよ?」

「さっき説明したけど超能力の素質を持った子供を集めて訓練させたって言ったよね」

「あぁ、いってたな」

「僕や優ちゃんは訓練したけど、のぞみちゃんだけはそういったことはしてないんだよ。つまりさ、僕らはそういうのを小細工でてにいれたけど彼女はそういうことはしていないんだよね」

「天然と養殖みたいなもんか」

「ちょっとそれとは違うかな。まぁ、似てはいるんだけど」

「だからそれがなんで綾瀬川がここにいる理由なんだよ?」

オレはなんとなくはぐらかされた気がしたため食い下がる。

しかし、持田はいつものヘラヘラした表情をしていた。

「彼女にはいろいろと理由があるんだ。もし知りたいなら彼女に直接、聞いてみるといい」

そういうと持田はベンチから立ちあがり腕の時計を見る。

「そろそろ時間かな?」

「は…?」

「僕もそろそろいかないとまずいんだ」

「ちょっと、待てよ。話はまだ済んじゃいないぞ」

「ゴメンね、太一君。けどもし僕らやダグラのことじゃなく彼女のことを知りたければ自分で行動するしかないよね。ただこれからも太一君が今までと同じように僕らに関わりたいと思うかどうかだよ」

「どういう意味だよ?」

「これからはべつに脅すこともしないよ。監視はここで終わり。勝手にやっていいよ」

「そんなの勝手すぎるだろ!」

「でもね、太一君。キミは脅しなんてものに屈せず逃げればよかったんだ。そうすることもできたはずだろう?」持田はまだ口元をニヤリとさせたまま言った。

オレは言い返すことができない。完全に思考が停止している。なんだか頭の中に重たいものがあるような感じがする。

「キミがなんで僕らの脅しに乗ったのかは考えがつくけど、太一君がなんでのぞみちゃんに興味を持ったのかはわからない。僕は精神科の医師じゃないからね」

「それがなんだっていうんだよ?」

「そんなこと自分で考えろよ。太一君、キミ自身がそれをよくわかっているんじゃないか」

「持田、オレはアンタの言ってることがよくわからない」

「まぁ、理解するにもしないにしても太一君、僕はキミに賭けてるんだ」

よくわからないことを口にした持田は時計を見る。

「じゃあね、太一君。また明日、学校で。キミが部室に来たらの話だけどね」

持田は黙っているオレにそんな捨て台詞を残したまま歩いていってしまった。

どうやら公園に残されたのはオレだけのようだ。

そうおもうと緊張が抜けたのかさっきまで持田が座っていたベンチにもたれかかるように座った。

「はは…」

思わずよくわからない笑いが出た。それに女の子に投げ飛ばされたせいで背中と腰に鈍痛があった。

よくわからない状況におかれているのは理解してはいたがここまでよくわからないものだとは考えもしなかった。バトル漫画とかで主人公が新キャラと対峙したときってよく疲れたような顔したりするけど自分がそういう身になったらそういう顔をしていたんだなと思考が停滞ぎみの頭でそう思った。

明日からどうしようか? しかし、考えようとしても脳がさっきまでのこと

を無限ループしてる限り、考え抜くことは無理だ。

それに明日のことなんてよくわからねぇしな。ひとまず家に帰って寝るしかないか。

ベンチから立ち上がり鞄を探したが見当たらなかった。

そうか、鞄は部室だ…。

明日、取りに行けばいいか。しかしオレを助けてくれたのは、白石と綾瀬川の二人だもんな。明日、アイツらにお礼をいわなきゃな。

なんて柄にもないことを考えながらとぼとぼと家路を歩き始めた。

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