できること、できないこと
「お邪魔しまーす」
「ようこそ、晴野さん」
約束の日。私は天崎さんのお家に再びやってきた。相変わらず天崎さんの家はきれいだ。玄関にはスニーカーが一足置いてあるだけだしそこから部屋への短い廊下もチリ一つ落ちていない。
「これ良かったら一緒に食べよう」
「ありがとうございます。ではお茶を用意しますね」
以前朝ごはんを食べた時と同じようにソファ前のローテーブルに向かい合って座る。
「晴野さんの家はどういう感じなんですか?」
天崎さんは腰を下ろすなり聞いてきた。どんな感じって言われてもなあ。
「散らかってる」
「どのくらい?」
「……足の踏み場がないくらい」
すっと彼女の目が細くなった。
「どうにかしなきゃって思うんだけどどうしていいかわからなくて、そのまま更に層が厚くなって、どこから着手していいかわからなくなり……悪循環でにっちもさっちもいかない状態です」
「どういう部屋にしたいのですか?」
「片付いた部屋にしたいです」
そうですねえ、と天崎さんは言いながら紅茶をすすった。
「ではその片付いた部屋で晴野さんは何をしたいですか?」
「え?」
何をしたいか? なん、だろう? 私が自分の家でしたいこと。なんだろうか。ちっとも思いつかない。
「よくわからない。わからないけど、少なくとも帰宅したときに家のドアを開けてため息をつきたくない」
「ため息、ですか?」
「うん。あのね、私が帰宅して一番最初にすることってため息で、あーあー、またこの汚い散らかった部屋で一晩過ごすんだなっていやな気持になるの」
天崎さんは黙って私の話を聞いている。
「家でどうこうしたいっていうよりも帰るのが嫌だって気持ちを持つのを止めたい、かな」
「……そうですか」
しばらく無言で二人でお菓子を食べる。すべてを食べ終えてから天崎さんは顔を上げた。
「私は晴野さんは出かけるのが好きな人だと思っていました。よく会社でも先輩方と映画や買い物、旅行の話などをされていましたから。でも違ったんですね。外が好きなのではなく家が嫌いなんですね」
私は無言で肯定した。その通りです。でもそれを口に出すのはしんどい気持ちになりそうで頷くだけに留める。
「ではどうしますか?」
「え? どうっていうのは……?」
「今のまま部屋を散らかしておきますか? それとも頑張って片付けますか?」
「片付けたい、です」
「わかりました。では頑張りましょう」
事も無げに天崎さんは言った。そんなに簡単になんとかなるものなのか?
「もちろん簡単ではありません。むしろとても大変だと思います。でもなにもしなければ変わりません。ゴミ一つ捨てることから変化は訪れるものです」
そうきっぱりと彼女は言い切る。そうなのかな。私にもできるのかな。でも、今やらないときっと一生そのままに違いない。だから。
「あの、天崎さん」
「なんでしょうか」
「私の家の片付けを手伝ってもらえませんか」
「ええ、手伝います。たきつけたのは私ですから」
あっさりと天崎さんは言った。
「でも私にできることは晴野さんが頑張る手助けをすることです。何をどうするか、進むか戻るか、そういうことを決めて前に進むのは晴野さん自身ですよ」
「はい、頑張ります」
天崎さんってこんな男前だっけな。そう思うくらい彼女はかっこよかった。そんな風に背中を押されては頑張るしかない。少しずつでも頑張ろうと私は立ち上がった。
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