楽しいお家の作り方

水谷なっぱ

知らない部屋にて

 朝起きたら知らない部屋だった。

 「え? なに?」

 飛び起きてあたりを見回すと一人の女性がソファで寝ている。誰だろう? 首をかしげているとその女性が小さなうなり声を上げて起き上がった。

 「……晴野日向さん、起きてたんですね。体調はどうですか?」

 「あ、えっと大丈夫、です……?」

 「なら良かった。会社の飲み会ではあまり飲みすぎないようにしてくださいね」

 「は、すみません。あの、申し訳ないのですがどちら様でしょうか?」

 私のいぶかしげな質問に相手の女性が胡乱な顔をする。それから少し考えるとソファ前のローテーブルから眼鏡を取り上げて装着した。その顔には見覚えがあった。

 「天崎空子です。眼鏡をかければわかりますか?」

 「はい、わかりました。それでその、なぜに私は天崎さんのお宅にお邪魔しているのでしょうか?」

 天崎さんは更に胡乱な顔でため息をついた。

 「昨晩部署の飲み会だったのは覚えていますか? そこで晴野さんは酔いつぶれてしまったので同姓であり同期の私が連れ帰ったのです」

 「大変申し訳ございませんでした」

 天崎さんの説明が終えるとともにジャンピング土下座でソファの下にひれ伏す。アラサーOLが職場の飲み会で酔いつぶれるとかあるまじき失態なんですけど! 天崎さんは無表情でこちらを見下ろしている。なにも言われないのが余計に怖い。

 「あの」

 「はい」

 「取り合えず、朝ごはんにしませんか」

 落ち着いた様子で天崎さんはこちらに声をかける。私に選択肢はないので「ご相伴させていただきます」と何者だかわからない返事をすると、天崎さんは「少し待っててください」と部屋を出て行った。

 一人になって改めて天崎さんの部屋を見回す。すごくきれいな部屋だった。まず足の踏み場があるだけで「きれいな部屋」と言って良い。私の部屋にそのようなスペースはない。部屋はリネン類は穏やかな緑をベースに家具は白で統一されている。壁は一面本棚で埋まっていて、中には大量の本が収納されている。本棚のない壁にはクジラの絵が飾ってあった。

 「すてきな部屋だな」

 思わずつぶやく。こういう部屋なら帰りたくなるんだろうな。

 私がぼんやりと部屋を見回しているうちに天崎さんがトレーを持って戻ってきた。

 「口に合えばいいのですが」

 トレーにはおにぎりと卵焼きが乗ったプレートとお味噌汁のお椀が二つずつ乗っていた。

 「あ、ありがとう! 作ってくれたの?」

 「大したのもではありませんけどね。足りなければごはんがもう少しとふりかけならすぐ出ます」

 「大丈夫です! いただきます!!」

 さっそくお味噌汁をすする。めちゃくちゃおいしかった。ふんわりと出汁と味噌が香る。具はアサリ? シジミ? 朝からそんな贅沢な……と思ったらそういう乾物? があるらしい。おにぎりは柔らかくて温かくて、なんだかそれだけで泣きそうになった。卵焼きは出汁巻き卵でふんわりしっとり、本当に素人? ってくらいおいしかった。

 「ごちそうさまでした」

 「お粗末様でした」

 「あの、とてもおいしかったです」

 「それは良かった。お茶を用意してきますから顔を洗ってきてください」

 そう言われて初めて自分が起きてそのままだったことに気が付く。洗面所に通してもらったけど、そこも片付いていたし、タオルがふかふかで実はホテルなんじゃ? と疑うくらい居心地のいい空間だった。

 その後お茶をいただいてから天崎さんの家の住所を教えてもらう。私の家から電車で5分程度の距離だった。駅からもそんなに離れていないようなので大まかな道順を教えてもらって天崎さんの家を出る。

 なんとなく宙に浮いたような気持ちで帰宅したものの、自宅の玄関を開けた瞬間に気持ちは地に落ちた。

 「わかってはいたんだけどねー……」

 記憶にある通り、私の家は大変汚かった。まず玄関から足の踏み場がない。寝るスペースはなんとか確保してるものの、天崎さんの家のふかふかベッドには遠く及ばない。カーテンだって最後に開けたのがいつだか思い出せない。

 ため息をついてごみ溜めの中に足を踏み入れた。

 

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