三分間の殺人幻想。

阿月

第1話

 私の目の前で惨劇が繰り広げられていた。

 振り上げられた包丁。

 怒号と悲鳴。

 日常の崩壊。

 悪夢。


 身体が凍る。

 私はじっと耐える。

 待てば終わる。

 待て。

 耐えろ。

 始まった瞬間、いつものように、スマホのストップウォッチをスタートさせた。

 二分四十秒。

 四十一、二、三……。

 あと少し。

 血飛沫。

 包丁を持った男の、鬼気迫る顔がこちらを向いた。

 私の心が捻じ曲がる。

 数字のカウンターが上がり、三分を越えた。

 その瞬間、悪夢は視界から消えた。


 吐き気がする。

 耐えなきゃ。

 天下の往来で、食べたものを戻すなんて、そんな恥さらしのことはしたくない。

 コンクリートの外壁に身をまかせ、呼吸を整える。


 私は、いきなり三分間ホラームービーを見ることができる、という特技を持っている。

 いや、決して特技ではない。

 どっちかというと、病気に近い。

 それも、この三ヶ月くらいで、急に、だ。

 まあ、ホラーというか、ゴアムービーという表現の方が正しい、スプラッタな映像だ。

 血と刃物と鈍器。

 大体がこの組み合わせだ。

 被害者は男だったり、女だったり。

 ストーリーはない。

 その部分だけ切り取った、殺害シーンだけの映像。

 心がやられたんだと思って、病院に行って、薬も処方してもらったけど、何の変化もない。


 ついでに言うと、私はホラー映画は大嫌いだ。

 あんな、脅かすだけの映画は死んでほしい、とマジで思う。

 だから、この三分間の血なまぐさい幻想は、正直耐えられない。

 そのたびにストレス値はマッハで上昇。

 ある日、この幻覚が「必ず三分で終わる」と気づいて以来、見えた瞬間にストップウォッチをスタートさせる癖はついた。

「あと○分で終わる」という意識が、私の弱い心を支えている。


 本当、何とかならないものか。


「大丈夫ですか?」

 心配そうな声がかかった。

 あー、そうだよね。

 外にいる状態で、息が荒い女が外壁にもたれかかっていれば、心配もするか。

「あ、いや、大丈夫です」

 顔を上げたら、優しそうな男性。

 だけど、胃がぎゅっと引き締まった。

 私はこの男の人を知っていた。

 知っていた、というのは正しくない。

 顔を見たことがある、という程度だ。

 だけど、その見たことのある場所が半端なかった。


 つい数分前。


 私の視界を埋めていた惨劇の中で、包丁を持って女性を殺していた男。


 その人だった。

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