第20話 ミックの証言
成田空港に降り立つと、襟の立った紫のシャツにタイトなスカートの美人秘書が待ち構えていた。
「坂口くん、迎えに来てくれたのかい?」
蛍は罰が悪そうにリュックから包みを出して、彼女に渡した。
「急に出掛けてすまなかったね。トランジットの都合ですぐの飛行機しかとれなかったんだ。君の好きなメープルだ」
「先生、高級メープルシロップで誤魔化すおつもりですか?」
坂口はじろりと睨みをきかせる。
「さて、明日は手合いだ。早く帰って眠らないとな!」
蛍がいそいそと歩き出すと、坂口は颯爽とハイヒールを鳴らしながら、彼のキャリーケースを転がした。
「諸先生方からお見舞いをいただいています。先生は倒れて検査入院ってことってことになってますから、話を合わせてくださいよ」
「さすがは有能な秘書だ」
「ところで、目的の話は聞けたんですか?」
「ああ。遥々出向いた甲斐があったよ」
蛍は坂口の車のトランクに荷物を載せる。
「私にその話はしてくださらないんですか?」
「そうだね……全てが済んだら、君にも話すよ」
蛍は助手席に乗り込む。
「そうですか。やっぱり、彼女の事が忘れられないんですね」
「……坂口くん?」
「いいんです。実は私、お見合いすることになりました」
「おめでとう。良いお相手だといいね」
「ええ。父の取引先のご子息で、ハーバード出身だそうです。来週有給をとりますので、宜しくお願いします」
坂口はアクセルを踏み込むと、ハイウェイを飛ばした。
自宅に戻ると蛍は絨毯に大の字に寝転んだ。父親に住所を聞いたものの、ガードマンは転居を重ねていて、探しだすのに一年近くかかってしまった。カナダの知人に頼み込んで探してもらい、やっとのことで先週連絡が来た。蛍はいてもたってもいられず、飛行機に飛び乗った。連勝記録が止まることは気にならなかった。
ガードマンだったミックという男は年老いていたが、休暇になると別荘を訪れていた子供の蛍を覚えていた。彼はカナディアンロッキーの美しい湖を案内してくれた。
「全て、お話しましょう」
彼はエメラルドグリーンの水面を眺めながら語った。
「あの日、私は絵画を盗んだミセス吉野を追いかけて、崖の上に追い詰めました。揉み合いになり、私は力ずくで絵を取り返しました。すると彼女は捕まるのを恐れ、海へ飛び込んだのです」
「あの高さを自ら?」
「はい。あの高さなら生死の確率は五分五分といったところですから、それにかけたのでしょう。私はすぐに脇道から降りましたが、彼女はもう……」
ミックは首を横に振った。
「何故警察に、正直に言わなかったんだ?」
「旦那様のご指示です。彼女が来たことは話しても良いが、盗んだ事実は隠すようにとおっしゃいました」
「……すまない。君に重荷を背負わせてしまったね」
「いいえ。私は旦那様に恩がありましたので」
ミックが岩に腰かけると、野リスが隣にやってきて同じように座ったので、彼は微笑んだ。
「他に何か知っていることはないかい?」
「旦那様がその絵画について、奥様と話しているのを聞いたことがあります」
「どんな話だい?」
「本当はあの絵は、大旦那様がご寵愛されていたお弟子さんに遺された物だったとか。しかし大奥様は嫉妬心から侍女に命じて、鞄から絵を抜き取らせ、闇市で売らせたそうです」
「え……」
「それを知った旦那様がお咎めになると大奥様は心労でお倒れになり、御逝去されてしまった。旦那様は体裁の為、一切をお弟子さんに被せ帰国させた」
「父はそれを知っているのか?」
「いいえ、旦那様は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます