脱獄姫

@ikizurai

脱!城

長年城に仕えていたひとりの召使いが死んだ。犯人はその城の姫。名は、ヒメ。


「こんなところで捕まってたまるものですか」


守られるべきものから追われるなんて。こんな屈辱があっていいものか。犯人は他にいる。わたしじゃない。


信頼できる双子の召使い、ゲンとジュリを連れ、ジュリが案内すると言って地下道に来た。二人が幼い頃、よく忍び込んでいたらしく、長年仕えていた者しか知らないので安全だと言う。


「本当に安全なんでしょうね?」


「安全ですよ!だって長年仕えているのはもう、私とゲンくらいですから!ダリー様も、その一人だったんですけど…」


ジュリは言葉を詰まらせた。ダリーは死んだ召使いのことだ。幼い頃、二人の親が亡くなりこの城に来た時から、ダリーが親代わりだった。そんなダリーが死んだのだ。さぞ悲しんでるかと思いきや、脱獄の協力を許したのだ。普通だったらわたしを城の者に差し出してもおかしくはない。犯人はわたしとされていたのだから。なんでも、現場であるダリーの私室にわたしのハンカチが落ちていたらしい。偶然だ。そんなことで疑われてたまるもんか。


「てかこの地下道を抜けても指名手配とかされてんじゃねーの。意味ないだろ」


ゲンの声が地下道に響く。


「そこは、わたしたちがお守りしないと!」


「ありがとう、ジュリ。それにしても、わたしを犯人に仕立て上げるなんて。犯人は一体誰なのかしら」


「ヒメ様は本当にダリー様を殺していないのですよね?」


「そうよ。誓ってあなたたちのお父様を殺すような真似はしないわ。するはずがない」


「そう、ですよね。大丈夫です!わたしはヒメ様を信じてます!」


「まあ、ヒメサマはともかく、ダリー様が恨まれる筋合いねーよな。ダリー様がドジとかしてさ。事故とかじゃねーの」


「わたしはともかく、ってなによ!…逃げる時に漏れ聞いたのだけど、その可能性はないらしいわよ。なんでも、ナイフの指紋が拭き取られていたみたい」


「なるほど。まあ、事故で誰かがやっちまった可能性もあるよな」


ちら、とゲンはわたしを見る。

ジュリは信じてくれているけど、ゲンは別みたい。


「わたしじゃないわよ!だって、なんでわたしのハンカチがダリーの部屋にあったのかわからないんだもの。ダリーの部屋になんかわたし行ってないわよ」


「うーん、誰かが故意で盗んで置いていった、ってことですかね」


「ヒメサマの部屋に侵入したってことか?そんなん一握りしかいなくね?ヒメサマの一番近くにいる俺らか、あとは…」


「ちょっと、ゲン!わたしはヒメ様のお召し物を勝手に持ち出したりなんかしないわ!」


「落ち着いて、ジュリ。わたしもあなたを信じているわ。ゲン、たとえでしょ?」


わたしはゲンを見る。ジュリも半泣き顔でゲンを見る。


「そうだ。他にも犯行が可能な人物はいる。全ての部屋の鍵を持つメイド長のメリー様と、その雇い主の、ヒメサマの父親…ガリオン様だ」


「お、お父様!?」


「ガリオン様の命令ならメリー様も聞くしかないだろ」


「なんでお父様がわたしを犯人に仕立て上げるようなことするのよ」


「だからたとえだろ。あとはヒメサマの母親…ナタリア様もあり得るし、可能性はいくらでもある」


「ゲン、いい加減なことばかり言わないで。ヒメ様が悲しむわ」


ジュリが少し苛立ちを見せた。


「いいのよ、ジュリ。真犯人を見つけるためには、推理も必要よ」


「可能性はまだあるぜ。ダリー様が自殺だった場合だ。隙を見てハンカチを盗み、ヒメ様を個人的に憎んでいて——」


「やめてよ!!」


ジュリが声を荒げた。


「ダリー様が自殺だなんて…そんな、そんなの、絶対にない!!!」


はあはあ、と肩で息をするジュリ。心配になり、わたしはジュリの肩に手を置く。


「…俺だって。考えたくなんかない。でも俺は見つけたいんだよ。ダリー様を殺した犯人を……」


「——ゲン」


「そうよね。ごめんなさい、ゲン」


「いや、俺も、悪かった。しかし、出口はまだ先なのか?」


「え?うーん、だいぶ昔だったし、子供の頃は遊びながらだったからなあ…」


「ちょっと、大丈夫なのー?見つかったら、あなたたちも罪に問われるかもしれないのよ?」


「ごめんなさい、ヒメ様。でもわたし達のことは気にしないでください」


「ま、俺はほぼ巻き込まれたようなもんだけど」


「なによ!…待って」


ジュリはぴたりと止まって、怖い顔をした。


「なんだよ。そうだろ?俺が有無を言う前にお前が——」


「違うわよ!何か聞こえない?」


「え?」


耳をすます三人。雑踏の音。


「まさか、バレた…!?」


「なんでだよ。ここは知られてないはずじゃ…そうか。メイド長のメリー様も結構長いから、知っててもおかしくはないか。それともやっぱり、ガリオン様が———」


「ゲン、落ち着いて推理してないでぶつぶつ言ってないでどうにかしなさいよ!」


「ヒ、ヒメ様、おおおおお落ち着いてくだしゃ!!!!!」


「あんたはもう少し落ち着きなさい!」


絶体絶命ってやつ?後ろから、前から、鎧の音がする。

もう、だめか。


「ありがとう、二人とも。ここまでよくやったわ」


石壁に寄りかかり、ため息をつく。


「おい、ヒメ様!諦めていいのかよ!」


ゲンは詰め寄る。


「こっちから声がしたぞ!!!!」


鎧の音が激しくなる。だんだんと近づいてくる。


「だめです、ヒメ様ーー!!」


「わっ」


ジュリがわたしに飛びかかってきて、わたしは思わず避けてしまった。すると、ゴゴゴ、と音がしたのち、そこは違う景色だった。


「え?」


本がたくさん並んでいる。


「なにこの部屋」


「隠し部屋、か…?ともかく助かったみたいだな」


「こんな部屋、あったんですね…あいたたた」


「ごめんねジュリ、避けちゃって」


わたしはジュリを抱き起す。


「いえ、それにしてもこの部屋は…」


「ヒメ様。これ…」


ゲンが差し出してきた本を見る。


「は?恐竜?わたし興味ないんだけど」


「ちげーよ!こっち」


ゲンが本に挟まれていた一枚の紙を見せてきた。


『本日より、ダリーの娘を養子として迎える。名をヒメとする』


「よう、し…?」


しかも、それよりも衝撃的なことが。ダリーの娘?わたしが?


「嘘でしょ、なによこれ」


「ヒメ様、これ見てみろよ」


そう言ってゲンが指差したのは、若き頃のお父様と、幼子を抱えて微笑むダリー。


「これは…わたし?」


「…ヒメ様」


どうして。この部屋は一体なんなの?


その時、ガタン、と大きな音がして、三人は顔を見合わせる。


「ヒメ。お前がそこにいるのはわかっている。素直に自分が犯人だと認めれば、命は助けてやる」


この声は。


「おと、う、さま?」


なにを言っているの?本当にこの声はお父様?


「そこはダリーがヒメに二十歳の日に真実を伝えようと、そしてその真実を他の誰にも知られないよう隠していた秘密の部屋。そこにいると言うことは、秘密を知ったのだな」


「お、とうさま。嘘でしょ?わたしはお父様の娘でしょ?」


「いや、違う。お前はダリーの娘だ。あいつもバカなやつだ。秘密を守ろうとした結果、秘密に殺されたわけだ。そして、その秘密を私に黙ってお前のみに知らせようと、実の父の存在を認めさせたいと愚直にも願っていたわけだ」


「………お父様。いいえ、ガリオン。それ以上ダリーを侮辱すると、怒るわよ」


「お前は私がいなければなんの力もない。今だって、ただの召使い二人を連れて歩いただけのことだ。さあ、来なさいヒメ」


「…二人とも、ごめんなさい。巻き込んでしまって。ゲン、あなたの言う通り、お父様はひどい人だったみたい」


「ヒメ、サマ。いや、いい。ヒメサマは悪くない。おい、ガリオン。よくもダリー様を。俺たち三人のお父さんを殺してくれたな」


一瞬の沈黙。


「?」


「なにを言っている。殺したのはヒメではないのか。罪を償わせるのも、父親の務めではないのか」


「……は?」


この人はなにを言っているんだ。ダリーに真実を伝えさせないために、ガリオンが仕向けたのではないのか。


「ヒメ様、残念でした。推理は外れ」


ジュリの声。振り返ると、手にはナイフ。ダリーを殺したナイフと、同じ。


「まさか、あなた」


「あーあ。最初の時点で気付ければよかったですねえ。ゲンの推理ももう少し冴えてればね。だって、一番ヒメ様の近くにいたのは私ですよ?この地下道のことを一番知ってるのも私。驚いたなあ。父親みたいに思ってたダリー様が、人殺しだったんだもん」


「人殺し?どうして。人殺しはあなたでしょう!」


「違うわ。あいつは勝手に死んだんだもの。一緒にしないで。あいつは町娘と不倫してた。その間に産まれたのが、私たち。つまり、ヒメ様と私たちは異母兄弟ってことになるわね。私たちの母親は、私たちを産んだ時に亡くなってしまったわ。でもあいつは、お母様のそばにいてあげなかった。ヒメ様の出産もその時期だったから、あいつは本妻——ヒメ様のお母様に付きっきりだった。そばにいてあげれば、助かったかもしれないのに。私が、私たちが、お母様を殺さずに済んだのに!!!」


「それで、なんでお父さんは自殺したんだよ」


ゲンが詰め寄る。


「さあ。わたしがそのこと知っていると言ったら、自分の護身用のナイフを出して自殺したわ。そのあと、ヒメ様が疑われるよう、ハンカチをおいて、わざと指紋を拭き取ったわ」


なんてこと。ダリーは、罪を償ったのだ。ゲンとジュリの母親に、ゲンとジュリに。わたしに真実を伝える前に。どんな思いで……。

お父さん。


「おかげで復讐は果たせなかった。だから今、私がヒメ様を———!!!!!」


ジュリが刃物を構えてわたしに走ってくる。


ジュリ。ごめんね。わたしのせいで、あなたのお母様は亡くなったのね。わたしが産まれたせいで……。

わたしを憎むような険しいジュリの顔がスローモーションに見える。ぼろ、と涙がこぼれた。壁の向こうから、ガリオンの声が聞こえた気がした。

死を覚悟した、その直後。赤。赤い。眩暈がした。


わたしの血じゃない。


「お父さんを殺したのはやっぱりお前だったのか、ジュリ」


「ゲン!?」


「ヒメサマ。ヒメサマは悪くないって言ったろ」


ジュリの背中にはナイフ。ジュリが持っているナイフと、ダリーが自分を刺したナイフと、同じ。


「このナイフは、人を殺すためにお父さんがくれたんじゃない。ヒメサマを守るためだろ……。いや、俺も、同じか」


ふ、とゲンは自嘲気味に笑った。


「結局みんな俺たち、人殺しだったのか。ははははははは。傑作だ、はは、ははははは」


ゲンの高笑いが部屋に響いた直後、兵たちが乗り込んできた。その中にはガリオンもいた。遠巻きにわたしを見つめ、そして、去っていった。


あのあと、ゲンは兵たちに捕まり、城の牢に監禁された。ジュリは介護班に連れられ、今なお意識不明だ。


わたしはというと。


元どおりとは言えずとも、不器用な父親と、優しい母親となんとかうまくやっていた。血が繋がっていないのがわかっていたから、父も、今までどうしていいのかわからなかったのかもしれない。


「あの地下道は閉鎖しましょう、あなた」


お母様が言った。


「そうだな。また誰かが何かあった時逃げ出さないよう閉じておくか」


「なによ、それ。ガリオンがお母様に怒られた時ちょうどいいんじゃない」


「おい、ガリオンと呼ぶな。敬意を持って接しろ」


「だって、わたしのお父さんはダリーでしょ。あなたはいわば他人!お母様はお母様だよー♡」


「ふふ、ありがとうヒメ。あなたは私たちのお姫様よ」


その時、二人のヒメサマ、ヒメ様、と呼ぶ声が頭をよぎる。

ああ。わたしの兄弟。貴方達との小さな冒険は、一生忘れない。たとえ、その思い出にナイフが突き刺さろうと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

脱獄姫 @ikizurai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る