ネオ・マイ・ドラッグ

みなづきあまね

ネオ・マイ・ドラッグ

春が近づいてきた。花粉症の同僚たちは目をかき、くしゃみをし、私も例にもれず、そろそろ本格的にこれに苛まれるのか・・・とマスクを外すことができないでいた。時々昼の日差しが春を想起させ、そろそろ春服を着たいと思うのはもちろん、明るい外を見やっていると、夏服さえ恋しくなるのだった。



花粉症や風邪、皮膚炎などに罹患する度、手持ちの薬が増える。基本は健康体だが、病院へかかることは少なくない私は、毎日なにかしらを服用していた。1日欠かすと症状が出てしまうものもある。手持ちの薬が減ると、いつ病院へ行けるのかとソワソワしているところを見れば、ある意味中毒なのかもしれない。



恋愛は一種の中毒性のあるものだと考えている。頭では分かっていても、いざある状況に放り込まれると、今までの論理的な思考やストッパーはどこかへ吹っ飛び、目の前の状況を乗り切るためにいい意味で積極的になるか、悪化させるために自爆するスイッチを押すこともある。



それなのに、気づけば彼を目で追っている。毎週末彼と会わない日に気持ちを切り替え、「今週は話さない」、「一緒に帰らない」、「連絡をしない」・・・目標は24時間も経たずにへし折られるのだった。



ちなみに私と彼は恋愛関係ではない。自分勝手な片思いだ。だからこそ尚更いつでもやめられる。なのに、私は彼を目の前にするとただの動物みたいになるのだった。彼の一挙一動に憧れ、声を掛けられればうっとりし、ときたまタイミングが合い、一緒に歩くとなれば、初恋でもしたかのようにドギマギしているのだ。おもしろいことに、帰宅し、家のドアを開けたらその感情は急激にしぼみ、普通の生活に順応することだ。そこが若者とは違うのかもしれない。



それなのに毎日彼への思いは尽きない。彼と話が弾まなかったり、連絡が絶え、所謂既読スルーをされれば、さすがに家でも鬱々とした気持ちになり、センチメンタルな曲ばかり聞いて眠りにつくのだった。



ある日、急ぎではない連絡をした。しいて言えば知っておくと翌日、他の人と仕事の話がスムーズにまとまる案件を知れる、という点では、急ぎに分類してもいいものだった。予想に反して彼はそれに関しては少々詳細情報を欠いていたため、


「わかりました。明日本人に聞いてみます。」と、私は返事をした。


それに対しての返事は、今までのもので最も冷徹なものだった。


「聞かなくていいですよ。そもそも何を聞くんですか?」


私は固まった。そして連絡したことを激しく後悔した。彼としては、その仕事相手とのやりとりを私が明日「どうだった?」とその相手に確認することに、何の意味も見出していないからこその返事だった。私には多少下心のある連絡であったとしても、事前情報を得たうえで明日仕事相手と話をすることは、実際円滑なコミュニケーションをとるうえでは必要だった。常にそう人間関係を築いているから。


「え?普通にどんな話をしたのかを話題にすることで、相手との話題になるので、よくほかの方からも事前にネタを仕入れることはよくやっています。」


私は恐る恐るそう返信をし、


「怒ってますか?」


と、思わず付け足した。


「なるほど。いや、全然怒ってないんですよ?あー、でもそういう風にも取れるか。」


彼は思ったよりも素早く返事をくれた。私が勘違いしたことについて彼は謝ってくれた。そして21時くらいまでは軽いやりとりが続いたが、今までとは異なる違和感を感じていた。前よりもフランクさがないような気がしてならないのだった。



そして21時に私が返事をしてから、既読の文字はつかなかった。夜、持ち帰って仕事をすると言っていたので、それどころじゃないのだろう。しかし、それこそが結果を物語っている。どんなに忙しくても、好きな女性には返事をするものだ。おそらく彼は私の返事に気がついているが、急ぎの用件でもないし、返事をするに値しないため、既読をつけないのだろう。



私は諦めて寝た。途中目が覚めて、スマホを確認した。彼の既読はついていなかった。そして朝を迎えた。既読はついていた。途中で起きたのは3時。彼は朝目覚めて私の返事を読んだのだろうか・・・。私はいつもはすぐ起きられないくせに、異様にはっきりした頭でベッドから抜け出し、今回もこれでやりとりが終わったことを悟った。



正直、彼とは何回か仕事の話ではなく、無駄話で長時間やりとりを楽しんだことがあった。律儀な彼は、飲み会などでほかの人と会っている時にはあえて返事をせず、終わってから返事をくれた。その誠実さも好きな一因である。返事が待ち遠しく、彼の一言一言にドキドキし、まるで学生の恋愛のような気分だった。もちろん、それは今でも変わらない。



しかし、最近連絡のうえでも、実際に職場で顔を合わせていても、前よりそっけない気がするのだった。そして私が連絡しすぎたことを、うっとうしく感じ始めているのかもしれない。以前は仕事の急ぎの用件だけ事務的に。1度だけ同じ飲み会に出席した帰りに、ふざけて1回。そこから仕事のついでに無駄話が続くことが増え、ちょっとした労いのためだけに短いやりとりをしたり、だんだん自分でも話題を無理やり探し、全く必要のないときにも連絡をしてしまっていることに気がついていた。



彼の立場にしてみれば、職場の同僚から仕事後に連絡が来る、もしその人が特に気のない女性だとしたら、なんのつもりで自分の時間を奪うような連絡をしてくるのか。しかも、1週間に1回ペースで。私自身、この状況を非常に深刻に受け止めている。くだらない用件で頻繫に男性に連絡をし、その返事に一喜一憂している。そして自滅の可能性まで出ているのだ。これから先、私はどうしたいのか?



最も欲望に塗れた願いは、彼と結ばれることだ。しかし、高望みだとわかりきっている。だからこそ、これ以上深い関係にはなれなくてもいい。ただ、彼が私と笑って話してくれて、時々二人きりになり、ちょっとした話題で笑いながら彼の腕を軽く叩いたりすることに青春を感じたい。ただそれだけ。そうすれば私の生活は、桜色になること間違いなかった。



実際、彼が私をどう思っているのかは全く読めない。そっけなくは感じる。それでも、既読スルーの翌日は、「あの後夜中まで仕事して、8割は終わりました。」と言い、私に「さすが、もうそろそろ終わりが見えましたね!」と褒められ、まんざらでもなく笑ったりするのだ。社交辞令として話しているだけかもしれない。彼は私を嫌いなのだろうか、それともなんとも思っていないのだろうか、もしくは一縷の望みがあるのだろうか。



・・・そんな先週の苦しい思い出を思い出していたら、もう日付が変わりそうだ。明日からまた一週間が始まる。今週は彼を過剰に気にせず、連絡もせず、頑張れそうだ。さあ、この目標を挫けさせずに乗り切れるのだろうか?新しく、強烈で、依存度の高い薬が切れてしまう。その瞬間、今週の私は耐えられるだろうか?今週も試練が始まる。

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