6-3 意思疎通

     ◆


 観測基地に小型艇がアームで固定される。船舶を接続する係留装置はちゃんとあるが、チャンドラセカルをそこまで近づける気はないということだ。

 観測基地にあるエアロックが開き、中に入ると与圧がすぐに始まる。

 内側に通じるハッチが開いた。そこには拳銃を持った男が三人と、肉付きのいい中年男性が立っている。三人ともがラフな格好だった。

「まずは武器をもらうよ」

 そう言って何も持っていない中年男がぷっくりした手をこちらに向ける。ヨシノはヘルメットをはずして、笑って見せた。

「武器は持ってきていません。どうせ没収されて、また返してもらって、などというのは、面倒ですから」

「武器を持っていない?」

 ぽかんとした顔になった男性に「ボディチェックしますか」と促してみると、男性は今度は嬉しそうな顔になった。

「いや、しないよ。こんな、この世の外れまでくる連中だからな、ある程度は肝が座っているものだろうと思っていた。予想以上に肝が太いようだ」

 ありがとうございます、と礼を言って進み出て、自己紹介した。男も名乗る。

「俺の名前はケケだ。みんなそう呼ぶ。一応、東欧連盟の宇宙開発局に所属しているよ。部下もそうだ」

 ケケの言葉の後、三人の男性も自己紹介する。ただ、喋り方はケケと違ってどこか固苦しく、軍人の気配がする。ケケ自身は明らかに研究者の雰囲気である。

「チャンドラセカルは至近にいますが、姿は消しています」

 そう説明すると、ケケは、「そんな技術があるとはな」と感心したように言った。

「いろいろな装備が開発され、可能になりました」

「姿の見えない軍艦がそばにいて、俺たちをいつでも撃沈できるとなると、正直、落ち着かないものがある。一応、あんたたち三人がいるから、それもないんだろうが」

「人質がいなければあなた方が安心しない、とまでは思っていないのですが、すみません」

 謝ることはないさ、とやっとケケは三人を観測基地の内部へ導いてくれた。

 案内されたのはリビングスペースで、重力が働いている。宇宙服はだいぶ改良されて動きやすいが、さすがに屋内で重力下となると面倒だ。

 断ってヨシノたちは上下一体のスーツの上だけを脱いだ。

「それで管理艦隊がここに何の用がある?」

 ソファに腰掛けて、部下の手で運ばれてきた瓶を手に、ケケが言う。視線は瓶に向いていた。ヨシノの目にはそのラベルがウイスキーのそれに見えた。

「一応、形の上では海王星の調査となっています。その裏で、独立派の置かれている状況を知る必要があるとも思っています」

「独立派の状況ね」

「彼らが生きていけない旅、餓死するしかない旅を選んだとは、思えないのです」

 ふーん、と言いながら、瓶を開封したケケが、やはり彼の部下が用意したグラスにそれを注ごうとする。その手が止まり、ダンストン少佐の方を見た。

「サイボーグだよな。酒は飲めないか?」

「残念ながら。お気持ちだけいただきます」

 丁重にダンストン少佐が言うと、何度か頷いてから、三つのグラスに琥珀色の液体が注がれた。二つはヨシノとイアン少佐、一つはケケ自身の手に渡る。

「ここまで来てもらってなんだが、何も伝えることはない」

 乾杯するわけでもなく、舐めるようにしてケケが液体を飲む。匂いも色も、ウイスキーだ。

「僕は教えを請う為に来たようなところがあります」

 そう口にしてもケケは視線を向けてくるだけで、何も言わない。イアン中佐が横目でヨシノを見ているのはわかった。

「独立派の目的や、その計画、未来への展望、そういうものが知れれば、地球連邦にとっても利益があるのではないか、ということです」

「あんたら、連邦の番犬を気取っているのか?」

 反発があるのは予想していた。

 ケケが言っているのは、おそらく東欧連盟の総意ではないだろう。

 彼もまた、独立派と接触し、その思想を深く知っている雰囲気がある。

 だから連邦に対して否定的なのだ。

「ここへ来る前に、土星に寄り道をしたのです」

 その一言に、ケケが眉をひそめ、グラスをローテーブルに置いた。

「土星か。歓迎されたか」

「ほどほどに」

「ここよりもか」

 冗談でカマをかけられているのはわかるが、返答に困る。

「料理を出してくれましたね、あそこでは」

 ヨシノが答える前に、イアン中佐がそう口を挟んだ。その一言でケケが破顔する。

「そいつはいいな。ここにも天王星料理、っていうものがある。だいぶ好評だ」

「ほう、どういうものですか」

 イアン中佐の冗談めかした言葉に、嬉しそうな顔でケケが身を乗り出す。

「全部、合成品で作られた、料理もどきフルコースさ」

 それにイアン中佐が笑い出し、ダンストン少佐も、ヨシノも思わず笑っていた。

「チャンドラセカルの料理のほうが美味そうだ」

 珍しくふざけた様子のイアン中佐がそう応じると、ケケは「俺もそれを味わえるかな」と反応した。

 いつの間にか、何かが変わっているのにヨシノは気付いた。土星のことを持ち出したこと、その土星が好意的だったことが、ケケの中の何かを刺激したようだ。

 彼はグッとグラスの中身を半分、飲み干した。

「まあ、いいだろう。予定なら三日後くらいにお客が来るから、それまでは話をしている余裕もある」

「こんなところにお客ですか?」

 瞬間的に緊張しながら、そうとわからせないようにヨシノが確認すると、ケケは唇の前で人差し指を立てシィーと音を出した。

 内緒なんだ、と言いたげに。

 そうしてグラスの中身を飲み干して立ち上がると、通路の方に「飯にしようぜ」と大きな声を発した。

 他の乗組員が返事をしているのが、かすかに聞こえた。



(続く)

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