5-6 補給線

     ◆


 結局、管理艦隊からの通信が来ないまま、三週間が過ぎた。

 ヨシノはイアン中佐とともに作戦立案室で、地球まで含まれる広大な星海図を前に、協議を重ねていた。

 今は中継装置だけが地球連邦圏との道筋で、千里眼システムは使えないし、もちろん、ヘンリエッタ准尉の耳をもってしてもそんな遠くは何も聞こえない。

 星海図に浮かんでいる筋がいくつもあり、それは軍が運用する航路、そして民間の輸送船の航路だった。

 青い線で連邦宇宙軍からの管理艦隊への補給線が引かれいて、赤い線は管理艦隊が民間から補給を受けるべく、契約した民間の輸送船の通る航路だ。

 すでに二人で民間の輸送船を運用する企業の情報を検証し、リストアップされたのは五つの企業に絞られている。

 ただ、その五社は、木星より外には何の拠点も持っていない。

「まぁ、最短距離で往復すれば、危険も増えないはずが、すでに十分に危険な距離ですしね。流石に未開拓では」

 ヨシノは顎を触りながら、整理するために言葉にした。

「とにかく今は、自分たちで補給線を構築するしかありませんが、船もなければ、航路もない。それがあったとしても、物資そのものをどこから持ってくるかも問題になります」

「火星辺りから運ばせるしかないでしょう、艦長」

「五つの企業なら火星から木星までは輸送できる。その先はどうするべきか、です。管理艦隊で輸送船そのものを整備できるようなら、あるいは企業の方でも乗り気になるかもしれない。ただ、複雑な契約と、莫大な費用がかかるでしょう」

 押し付ければいいのです、とイアン中佐が腕組みをしたまま言う。

「管理艦隊に請求書を押し付ければいいではないですか、艦長。それとも任務を中止にして、帰還しますか」

「そういうわけにもいかないですが、あるいは」

「らしくないですな」

 そのイアン中佐の言葉に、思わずヨシノは笑っていた。

「腹が減ってはなんとやら、ですよ、イアンさん。戻るべきかもしれません」

「一つよろしいですか、艦長」

 イアン中佐が居住まいを正したので、ヨシノも姿勢を変えた。

「なんでも言ってください」

「実は古い知り合いで、地球にいるものがいます」

 それはいるだろう。イアン中佐は一時期、軍を離れていたので、そういう意味では軍の外にも人脈があるはずだ。

「その方が、何か?」

「おそらく、民間の輸送会社に顔が利きます。それにチャンドラセカルには好意的なはずです」

「え? どういう意味ですか?」

 チャンドラセカル、ミリオン級潜航艦の存在は、ほとんど明かされていない。ライアン・シーザーが書いた小説が売れているのも、その秘密兵器の存在を描いている、空想科学が登場する冒険小説、という形で売れている側面があるほどだ。

 それが、好意的などとは、まるでミリオン級潜航艦を知っているようではないか。

「地球との間で通信を結ぶことを、許していただけますか?」

 それは、中継装置をすでに配置しているので、タイムラグはあるものの可能だろうが、管理艦隊を経由する必要がある。事態はすぐに露見するだろう。

「イアンさん、下手なことをすると、管理艦隊が黙ってはいませんよ?」

「しかしここで終わりにする気もないのでしょう?」

 それはそうなんだけれど……。

「知らず知らず、問題を背負い込みたくない気持ちになってますね、僕は」

「これ以上の問題は、あってもなくても同じです」

 そっけない副長の言葉に、さすがにヨシノも覚悟を決めた。

 発令所へ戻り、ヨシノは艦長席に座り、イアン中佐はヘンリエッタ准尉に何か伝えている。ヘンリエッタ准尉が困惑気味にこちらを見るので、頷いて見せる。

 イアン中佐がすぐ横へ戻ってきた時、ヘンリエッタ准尉が宣言する。

「副長の指示した座標へ、通信を結びます。管理艦隊、火星駐屯軍、民間の通信衛星を経由します。艦長、よろしいですか」

「お願いします」

 ヘンリエッタ准尉が何故か、嘆かわしげに首を振るが、手は動いている。他の管理官もヨシノの方を見ていた。

 少ししてヘンリエッタ准尉が「特別回線の超高速通信で繋がりましたが、タイムラグは十分あります」と呆れきった様子で言った。

 メインスクリーンには音声通信が可能な表示が出ていた。

「聞こえるかな、ハンター?」

 そうイアン中佐が声をかけても、返事はない。タイムラグだ。

 しかし、ハンター?

 メインスクリーンの隅にタイムラグの秒数を表示する数列が出た。誤差は本当に十分以上あるようだ。

「今、何時だと思っている」

 やっと低い声が聞こえてきた。

「こちらは朝の三時だぞ、チャールズ。朝とも言えん。夜だ」

 ぼそぼそとそんな声がする。イアンがすぐに応じた。

「こちらは宇宙で時間などないよ。どうだ、地球は」

 またタイムラグで、返事がこない。長すぎるほどの時間を黙っていると、声が返ってくるはずが、こない。タイムラグの数字がわずかわずか、増えている。

 黙っている間に、ヨシノは感慨深いものを感じた。このタイムラグは実に前時代的な、大昔の通信を連想させる。

「地球は一応、平穏だよ。何が理由でこんな時間に通信をよこした?」

 やっと返事だ。イアン中佐がため息を吐く。タイムラグに呆れているのだろう。

「民間の運送会社に顔が利くと思ってね。実は、困ったことになっている」

 やっぱりすぐに返事はない。

「困ったことか。それは宇宙にいれば、困ることは多くあるだろうな」

 その言葉の後にため息が聞こえ、「できるだけ力になるよ」と相手が言った。

 眠気に今にも負けそうな頼りない声だった。



(続く)

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