5-4 カードとプロレス
◆
休息の一日に、何があるかといえば、食堂を舞台にした大規模なカードゲーム大会があり、ブラックジャックがひたすら繰り返された。
ヨシノは予選から参加し、しかし途中でわざと負けた。
ブラックジャックはディーラー役の手元にあるカードを推測すると、ある程度は先が見えてしまう。計算力と記憶力があれば必勝法があり、最新のカジノなどでは様々な手段でそれを防いでいるが、この潜航艦の中ではそんなこともできない。
カードを丸ごと、新しくするような余地さえなかった。何もない宇宙空間でそんなものを売ってる店もない。
そっと食堂を出て、格納庫へ行くことにした。
実は最初から、そっちの方が気になっていたのが、ヘンリエッタ准尉がブラックジャックが得意だと言ったので、付き合った部分もある。
ヘンリエッタ准尉はヨシノが食堂を出るときには勝っていたので、まだ続けているだろう。
格納庫へ入ったところで、ものすごい歓声が聞こえてきた。
コンテナの間を縫っていくと、コンテナを動かして作った空間に、即席のリングが作られ、二人がそこで組み合っている。
誰かと思えば、ユーリ少尉とアンナ少尉だった。けばけばしい化粧をしているので、混乱したのだった。
ヨシノが観客の後ろから背伸びしてみている前で、ユーリ少尉がアンナ少尉をロープに投げ、アンナ少尉はそこで勢いをつけてリング中央へ突進した。その勢いで二人がラリアートをぶつけ合い、同時に倒れる。
鈍い音の連続に顔を背けたいが、なかなか豪快で面白い。
「まさかプロレスが観れるとは思いませんでしたね」
横で声がして、そちらを見ると嬉しそうな顔のダンストン少佐がいた。
「艦長もこういうのが趣味なのですか?」
「興味はありましたね。僕はこの通り、格闘技とは縁がないですから」
「まさかあの二人がここまでやるとは、俺も知りませんでしたよ」
歓声の真ん中にあるリングで、ユーリ少尉とアンナ少尉が立ち上がり、ユーリ少尉がアンナ少尉を投げつけ、のしかかる。レフェリー役の海兵隊員が、カウントをする。ワン、ツー、でアンナ少尉が跳ね起きてユーリ少尉を跳ね飛ばす。
軽重力プロレスとは違いますなぁ、とダンストン少佐が感心している。
アンナ少尉がリングの隅にあるポールの辺りに器用に立ち、そこから跳ぶとユーリ少尉を蹴りつけて跳ね飛ばす。
激しく転倒したユーリ少尉が無事なのか、リングに落ちたアンナ少尉が無事なのかも気になる。
「ルイズさんに叱られそうです」
思わずそういうと、ダンストン少佐がくつくつと笑っている。
結局、それから紆余曲折があり、ユーリ少尉がアンナ少尉によくわからない締め技をかけ、アンナ少尉がユーリ少尉の腕を繰り返し叩いたことで、ユーリ少尉の勝利で決着した。
アンナ少尉がセコンド役の女性兵士に連れられて、リングから降ろされる。
ユーリ少尉が汗だくて、しかも髪の毛もボサボサになっている初めて見る姿で、誰かが差し出した、どこの備品かもわからない拡声器を手に、何か怒鳴り始めた。
観客を煽ってるようで、その最後に、今度はダンストン少佐を相手として指名する! と叫んで、歓声は最高潮に達した。
ユーリ! ユーリ! という歓声が格納庫を満たすところから、こっそりとヨシノはダンストン少佐と現場を離れた。
「ダンストンさん、わかっていると思いますが、リングに上がるのは禁止ですよ」
「もちろんです、艦長。ユーリ少尉が無事じゃ済まない」
「それはそうですが、別の件です」
無重力の通路をハンドルに引っ張られて進みながら、ヨシノは後ろに続くダンストン少佐を見た。
「体の具合がそれほど良くないと、ルイズさんから聞いています」
「ええ、まあ、こればっかりは仕方がありません」
サイボーグの少佐が体調の不良を数ヶ月に一度、訴えているのを、ヨシノは艦長として軍医から報告を受けていた。
以前の航海でも具合が悪くなる場面はあったが、ルイズ女史の反応がその頃とは少し違うのを、ヨシノは感じているのだった。
あまり軽視できない変化である。
「あなたを船から降ろさなかったのを、少し後悔しています」
正直なことをヨシノが口にすると、その真意に気づいたのだろう、感謝します、とダンストン少佐は嬉しそうに笑う。
「俺は船の中で死ねれば幸せですよ。この艦にいられることを感謝しています」
ヨシノは苦いものを感じながら、「ルイズさんの診療は受けてくださいね」と念を押した。
ダンストン少佐を船から降ろすべきか、そのまま乗せるべきかは、ヨシノとイアン中佐の間で議論したことだった。イアン中佐はダンストン少佐の健康を気にして、任務には不適格ではないか、と主張したが、ヨシノはそれを最後には退けた。
それは、イアン中佐との話し合いとは別に、一対一でダンストン少佐と何度も話し合い、少佐の意志を尊重しようと決めたからだ。
イアン中佐は忸怩たる思いがあるようだが、あれ以来、ダンストン少佐に関するヨシノの判断については何も言ってこない。
ヨシノはそっと食堂へ戻ると、そこではすでにおおよその勝負が終わり、二つのテーブルに観客が集まっていた。
テーブルの片方で、ヘンリエッタ准尉が真剣な顔でトントンとテーブルを叩き、カードを要求する。
見ているうちにカードが開かれ、ディーラーのカードはよく見ると合計十九。
ヘンリエッタ准尉の手元のカードは、合計して、二十だった。同じテーブルの顔ぶれは、それぞれ十八、十七だ。
歓声が爆発し、ほぼ同時にもう一方の卓でも決着がついたようだ。
ヘンリエッタ准尉が笑顔で観客に声をかけられながら、勝ち抜いた兵士の一人とともに椅子に座る。ディーラー役の一等兵が器用にカードを素早くシャッフルするのを彼女はじっと、ある種の冷ややかさのある視線で見ている。
ヨシノは壁際に立って、喉が渇いたな、と思いながら、観客の向こうに見え隠れするヘンリエッタ准尉の辺りを、見たり見なかったりした。
人間にはいろいろな側面があるものだ。
それは自分もそうなんだろうけど。
カードよりプロレスの方が好きかな、と思いながら、最初のカードが配られる様を、ヨシノは人垣の隙間から、どうにか見た。
(続く)
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