4-2 年長者の言葉

      ◆


 こうなるものか、と思いながら艦長室のベッドを離れて、ヨシノは素早く身支度をして、タオルなどを持ってシャワーを浴びに行った。

 シャワーは共用で、一人用のブースが二つあるだけだが、どちらも空いていた。まだ早朝のような時間だ。朝が勤務時間の乗組員はこれからシャワーを浴びるのだろうから、運が良かった。

 さっぱりしてから水分補給をしに飲み物のサーバーのブースへ行くと、まるでヨシノ以外に誰も乗っていないかのように、ここも無人だった。

 スポーツドリンクを選んでそれを吸っていると、一人、やってきた。

「珍しいですな、艦長がこんな早く」

 ガタイのいいその男性は、ダンストン少佐だった。海兵隊の指揮官は機械の一つから、迷うことなくサイボーグ用のミルクを吐き出させた。

「なんです、艦長、神妙な顔をして」

「ええ、まあ」

 どう答えたらいいか、迷うが、この海兵隊長は信用できる。

 信用できても、言葉にするには勇気が必要だった。

「ヘンリエッタさんがいまして」

 どうにかそう答えると、そりゃいるでしょう、とミルクを吸い込みながらダンストン少佐は平然としている。

「いることはいるのですが、僕のところにいるのです」

「僕のところ?」

 やはり勇気がいるなぁ。

「つまり、艦長室に、ということです」

 やっとの思いでそう言うと、ダンストン少佐が目を細めた後、嬉しそうに笑った。

 笑ったが、何も言わない。ヨシノはただそれを見ているしかない。

「困りますな、艦長」

 やっと笑いを収めて、ダンストン少佐が真面目な顔で言う。

「それでは風紀が乱れます」

「仕方ないじゃないですか。昨夜、部屋にいるように言われて、待っていたんです。そこへヘンリエッタさんがやってきて、話をして、それで、なるようになってしまったんです」

 また大柄な男性が広すぎる肩を震わせて、笑いだす。

「オーハイネ少尉、アンナ少尉あたりは特に他人の目をはばかっちゃいませんよ」

 そう口元をほころばせて海兵隊長に言われても、自分が艦長だと思うと、何かが違う気がする。

「人間ですし、男と女です。気にすることはありません」

「こんなことになるとは」

「自然なことです」

 あっさりとそう言うと、ミルクを飲み干したダンストン少佐は「度を超さないことです」と言ってから、何かを思い出した顔になった。

「イアン中佐には話をしておいた方が良いですよ。あの方は堅物に見えて、意外に柔軟です。それに人というものを、よくわかっている」

 困ったなぁ、と思わずヨシノが呟くと、もう手遅れです、と言ってから今度こそダンストン少佐は部屋を出て行った。しばらくヨシノは頭の中を整理することにして、ぼんやりと飲み物をすすりながら、結局は言い訳を考え始めた。

 艦長室へ戻ると、そこではベッドにまだヘンリエッタ准尉が横になっている。

 ヨシノが部屋に入った音でだろう、彼女は小さな声を漏らし、起き上がった。そして自分のあられもない姿を見て、わずかに頬を赤らめ、身支度を始めた。

「イアンさんには、話しておこうと思うのですが」

 軍服を身につけていく索敵管理官を見ながら、ヨシノは一応、確認してみた。

 ヘンリエッタ准尉が、顔をしかめる。

「秘密にはできませんけど、副長がなんていうかは、おおよそ推測が立ちますね」

「しかしイアンさんには、話しましょう」

「私も同席しなくちゃダメですか」

 当たり前です、とヨシノが笑うと、ですよねぇ、とヘンリエッタ准尉も微笑んだ。

 結局、その日のうちにヨシノはうまくイアン中佐の元に、ヘンリエッタ准尉と二人だけで話をしにいった。部屋で眠る寸前だったイアン中佐は、やや不機嫌そうだったが、部屋で話を聞いて、想像通りの渋面を作った。

「若者らしいとは言えますが、盛りのついた猫ではないのですよ、艦長。准尉もだ」

「はい、申し訳ありません」

「ごめんなさい、イアンさん」

「謝罪するくらいなら、何もしない方がいいでしょう」

 イアン中佐ははっきりと不機嫌だったが、仕事は間違いなくするようにしなさい、と年長者らしいことを言って、結局、それだけで二人はすんなりと解放された。

「さっきの言葉、あれってどういうことだと思います?」

 イアン少佐の部屋の前で、ヘンリエッタ准尉がヨシノの耳元で囁く。

「一応、公認された、ということですよね」

「そういうわけでもないと思いますよ、ヘンリエッタさん」

「一応、お伺いは立てたわけだし、もう安心です」

 不穏なものを感じたけれど、それは考えないことにした。

「ヘンリエッタさん、少しいつもと違いますね」

「船に乗るのは慣れていましたけど、さすがにこれから何年もここにいなくちゃいけないんですから、いつも通りとはいきませんよ」

 これからどんどん、乗組員の別の一面、今まで見たことのない一面が見れるのかもしれない。ヨシノはそれが楽しみなようで、どこか不安でもあった。

 艦をまとめるのは、これまでになく入り組んだことになりそうが予感がした。

「じゃ、艦長、私は食事に行きますけど、どうしますか」

 飲み物を飲んだので、食事ではなくゼリーくらいにしよう。そう伝えて、結局、一緒に食堂へ行くことになった。

 まったく自然にヘンリエッタ准尉がヨシノの手を握ってきた。

 これくらいなら許されるだろう。

 ちょっと自分の判断基準がずれている気もするが。

 食堂が近づいてきて、そこから出てきた兵士達とすれ違うが、ヘンリエッタ准尉は意地でも放さんとばかりにヨシノの手を握っていた。




(続く)

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