第1話 記者の憂鬱

1-1 最後の会話

     ◆


 俺、ライアン・シーザーはユリシーズ通信の火星支局、そこに与えられた端末を前にして、タバコをふかしていた。

 チャンドラセカルは今頃、補修の最中だろうか。

 俺は、土星近傍会戦と呼ばれている大規模な戦闘に参加した艦に乗り込んでいた、という末代まで語り継げる経験をしたが、実際には与えられた部屋のベッドで手すりを必死に掴んでいた。

 もしそうしていなければ、壁や天井に打ち付けられて、無事では済まなかったはずだ。

 ヨシノ艦長が負傷した、と聞いたのは、艦が激しい動きを止め、どうやら戦闘も落ち着いたかという時で、さすがに艦の中はまだまだ緊張の最中だった。

 俺は取材というよりは、不安と心配で医務室へ行ったが、門前払いだった。

 やっと俺は、自分が軍艦に乗っていると、本当の意味で知ったのだった。

 誰も彼も、お楽しみや思い出作りで、こんなことをしているわけではない。

 元の部屋に戻り、俺は自分が見聞きしたことを整理する、いつもの日課を始めた。そうすることで、一秒でも早く、冷静になり、平常に戻りたかったのかもしれない。

 それからの日々も、乗組員たちを取材し、そしてメモを大量に作った。

 どうせ艦を降りるとき、一度は回収される。そして機密に触れる部分は削除される。

 それを防ごうと思えばいくらでもできるだろうけど、検閲を出し抜いてスクープを書いても、結局は立場が悪くなるだけだし、おそらく刑罰の対象になる。

 それでも、俺はメモを作り続けた。

 頭の中にはヨシノ艦長のことがずっとずっとあった。

 土星近傍会戦の前、その前の戦闘のさらに前にチャンドラセカルが一度、宇宙ドックへ寄港した時、よくわからない変化のない任務を切り上げた時に、俺は艦を降りるかどうか、確認された。ヨシノ艦長、その人にだ。

 偶然にチャンドラセカルの通路ですれ違ったところで、当時の俺としてはその質問よりも、それに続いた言葉が意外だった。

 きっと、ヨシノ艦長の表情が、いつになく引き締まっていたから、ということもある。

 あの青年は、ここから先は命の保証はありません、と言ったのだ。

 俺は何と答えたか、忘れてしまった。冗談で紛らわせたのかもしれない。それもその場限りの、適当なもので。

 ただ、とにかく、艦に残りたいことは伝えた。ヨシノ艦長はもう何も言わず、微笑んでから俺に背を向けたものだ。

 そして一度、戦闘を経てから、今度こそ土星近傍会戦である。

 終わってみれば、自分が生き残っているのが不思議だった。

 噂というには信憑性のある情報で、チャンドラセカルは体当たりで敵を倒したらしい。しかもその敵は潜航艦だったというのだ。それもミリオン級と同等の。

 俺の知識ではとても追いつかない科学技術が、ミリオン級潜航艦には惜しげも無く利用されているのは知っていたが、敵も同等の技術を持っているというのは、想像もしていなかった。

 ミリオン級はある種のオーバーテクノロジーと、俺には見えていた。

 それを敵も使い始めた。

 これはスクープになる、と思った次には、検閲で消されることも否応なく分かった。

 そういうことを、それでもメモに書きつけて、ヨシノ艦長の回復を祈った。

 ヨシノ艦長は十日ほどで意識を取り戻した。そのことを俺に教えてくれたのは索敵管理官の下についている伍長で、うちのボスの様子では問題なさそうです、とのことだった。

 俺はまた追い払われるのを覚悟で、医務室に行ってみた。

 すると軍医の女性が何度か頷き、短い時間なら、と言ったのだ。

 恐る恐る医務室に入った時、俺は反射的に生臭さがないことを考え、つまり命の危機はないと理解し、安堵した。死の気配がないのは、この時の俺には何よりもありがたかった。

 寝台の一つにヨシノ艦長は横になっていて、他には誰もいない。

 彼は真っ直ぐに天井を見ていたのを、俺の方へ視線をやった。視線だけだ。その秀麗な顔がほころぶ。

「どうにか生き残れましたね」

 それが彼の第一声で、俺は無言で頷いて、寝台の横にある椅子に座った。

「お加減は? 艦長」

「だいぶ楽になりました。聞いたところでは、あと二日でカルタゴに着くので、そこで精密検査です」

 薄い布団が掛けられているが、そのヨシノ艦長の胸元のふくらみは、ギプスのせいだろう。

 胸を強く打って、骨の一部が肺に刺さっていたと聞いている。

「重傷患者が十日で回復する時代ですね」

 冗談で俺がそういうと、まさしく、とヨシノ艦長が困った顔になる。

「それでもあと二ヶ月は苦労すると聞かされています」

「なら俺は一度、火星へ戻るかな。きっと今度こそ、仕事は一区切りですから」

「危険な目に合わせて、すみません」

 そういった青年の真剣な面差しに、俺は居住まいを正した。

「降りてもいい、と艦長はおっしゃった。それを俺は断った。生き残ったんですから、謝罪はなしでお願いしますよ」

 そうですね、と嬉しそうに相好を崩す彼に、俺は思い切って質問してみた。

「詳細を知らないのですが、戦闘行動を停止させたのは管理艦隊の側だとか」

「そうです」

 あっさりと肯定されて、拍子抜けどころか、逆に警戒した。

 今から、重要な話が始まると予想できたからでもある。

「僕の発案でしたが、エイプリル中将がそれを承認し、あの時、戦闘を確かに、停止し、彼らを逃しました」

「連邦の総意、ではないですよね」

「管理艦隊の独断です」

 どう答えることもできない俺に、ヨシノ艦長はじっと視線を注いでいる。何か言わなくては、と思ったが、舌はもつれた。

「その、それは、管理艦隊の立場は……」

「立場を問題にする段階ではないと、僕は判断しました。もっと大きなところで、大きなものを見るべきだと、僕は考えています」

 フゥっと息を吐き、ヨシノ艦長が目を閉じた。慌てて俺は席を立った。

「すみません、疲れさせてしまいました」

 こちらこそ申し訳ありません、とヨシノ艦長は目を閉じた。そして、また来てください、明日と明後日はあります、と言ったのだった。

 気が咎めたが、その翌日、翌々日、俺はヨシノ艦長と一時間ずつ、話をした。

 様々な話があった。ヨシノ艦長が俺に何を伝えたいのかは、彼が宇宙基地カルタゴで精密検査を受けている間、じっくり考えた。

 しかし答え合わせをすることはできず、俺のところへは仕事を切り上げるように会社から指示があり、ヨシノ艦長は医務室に入ったままで、別れの挨拶もせずに、俺は軍のシャトルに相乗りして、火星へ戻った。

 あれから既に二ヶ月以上が過ぎた。

 そして俺は、なかなかレポートをまとめられずにいる。



(続く)

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