2-3 評価

     ◆


 管理艦隊からの通知が来ている、と言ったのは、もはや自分の家のようになっている戦闘艦バッハの、何代目かの艦長だった。

 すでに戦闘艦バッハは古い型式のため、近いうちに廃棄され、艦隊には順次新しい艦船が入ってくることになっている。この時は順番待ちだった。

 話を受けた時、この艦長は自分を厄介払いしたいのか、というのがドッグの頭に最初に浮かんだことだった。

 しかし艦長は苦り切った顔をしており、とても嬉しそうではない。

「どういう手品を使った、准尉」

 この時にはドッグはやっと士官に含まれる立場で、そういう意味でも、戦闘艦バッハの火器管制管理官の副官にするには、階級上の困難があったのだ。今の管理官は中尉である。

「もっとも、幸運とも思えないがな」

 艦長は吐き捨てるようにそういうと、その電子書類を差し出してきた。

 受け取ってみると、管理艦隊への異動となっている。乗り込む艦に関しては、着任と同時に指示されるようだが、それは異例だ。

 おおかた、駆逐艦か戦闘艦だろう。

 しかし管理艦隊とは。

 はるか果ての木星を担当する、辺境艦隊などとも陰で呼ばれる艦隊だ。

 そこでは海賊のようなものが横行するのと同時に、地球連邦からの独立を志す集団がいるらしい。

 いったい、どこから物資や資金、人間を集めているかは、ほとんど都市伝説と渾然一体となりながら、重要な問題になろうとしている。

 とにかく、どうやらドッグは管理艦隊に召集されているらしい。

 通達に従って、火星の衛星軌道上の宇宙空港から、軍用の高速船に乗った。

 二ヶ月の旅の後、ホールデン級宇宙基地ウラジオストクに到着した直後、いきなり聞き取りを受けた。

 背後関係は十分に確認しているはずだが、それでも実際の聴取が必要な任務が待っているということだ。

 聞き取りは一日に二時間を二回で、二日に渡った。

 それが終わると、女性の士官がドッグを訪ねてきたので、これにはさすがに驚いた。

 かなりの美形で、軍人というよりモデルに見える。男性用の連邦宇宙軍の制服を着ているので、凛とした雰囲気がより強調されていた。

「ドッグ・ハルゴン准尉ですね?」

 声さえも美しい、とは思ったが、ドッグは直立して敬礼した。癖になっているのだ。

 楽にして、と言ってからその女性士官が席に着いた。遅れて、ドッグは腰を下ろした。

「私はクリスティナ・ワイルズと言います」

 襟章は大佐だ。女性の大佐というのも珍しいが、自分にどんな用事があるのか。

「あなたには私が指揮する艦に乗ってもらおうと思っています。訓練を受けることが必要になるのですが、あなたの技術なら問題ないでしょう」

「質問してもよろしいですか」

 そう確認すると、もちろんです、とクリスティナ大佐が頷く。

「どのような艦でしょうか。戦闘艦なら、訓練も実務も続けてきました」

「知っています。扱う火器にもそれほどの差はありませんが、運用が特殊です」

 どうやら普通の艦船ではないらしいと、薄々わかり始めた。

「あなたが乗るのは、ミリオン級潜航艦です」

 どういう表情をするべきか、少し迷った。

 ミリオン級、というのは聞いたことがない。潜航艦は珍しすぎる艦種で、空間ソナーに駆逐され、出番は激減した歴史がある。

 クリスティナ大佐は手短に言う。

「特殊な装備をいくつも持っていて、作戦行動が可能なレベルですが、今はまだ機密です」

 そんな風に簡単にクリスティナ大佐は言うが、そう簡単に聞き流せる内容ではない。

 質問を返そうとしたが、女性士官はそれを許さなかった。

「いいですか准尉、この艦の運営に関して経験者はいません、私たちが最初です」

 それはつまり、今までの経験を生かせ、ということだろうか。

 ドッグが黙っていると、クリスティナ大佐は不思議そうな顔になり、首を傾げた。

「何か質問は?」

「なぜ、私なのですか? 軍功もありません、経歴も地味です」

 そう答えるドッグに、私にはそうは見えない、と返事があった。

「ドッグ少尉、あなたが地球近傍の艦隊、第二十六艦隊に所属していた時、大規模演習がありましたよね。その時、あなたが戦闘艦の火器管制管理官を代理で勤めました。そうですね」

「はい」

 よく覚えていた。

 あの時は哨戒艇ではなく戦闘艦に配置され、しかし火器管制部門では序列は五番目だった。

 特殊な戦闘の結果、ドッグが指揮をするよりない、というシチュエーションが設定されたのだ。

 ドッグは戦闘艦の火器を操り、艦が中破しているという設定だったが、敵の立場の艦船を牽制し続け、安全圏へ後退することができた。

 大規模演習が終わった時、名前も知らない中佐が近づいてきて、褒めてくれたのは、よく覚えている。ギシギシした声の、若く見える中佐だったのも覚えている。士官学校を出ているタイプだと思ったのだ。

「あの演習でのあなたの手腕を、評価しました」

「あれは」

 ドッグは記憶を探った。

「十四年も前のことです、大佐。私はもう、一線の技能者ではないのではないですか」

「それは私が決めます。とにかく、あなたの身辺には怪しいものはない。すぐに訓練に参加しなさい」

 ドッグは黙って頷いていた。

 訓練で落ちる可能性もある。それほど簡単な訓練ではないはずだし、集まるものも腕に覚えのあるものが揃っているはずだ。

 期待しています、とクリスティナ大佐が微笑み、席を立つ。ドッグはもう一度、直立した。

 部屋に一人になり、ドッグは誰にともなく、呟いた。

「潜航艦か」

 どうやら全く知らない艦に乗り込めるかもしれないのだ。

 それはドッグの好奇心を否応なしに刺激した。

 そしてあのクリスティナ大佐は、いい上官になりそうだった。



(続く)

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