第6話 蹉跌

6-1 崩れていく集団

     ◆


 レイナ・ミューラーが持ったヴェルベット・ハンニバル大佐の第一印象は、誠実だった。

 しかしその次に来たのは、乱暴、だった。

 言葉は丁寧だし、物腰にも落ち着いたものがある。

 ただ、その向こうに何か、猛々しい獣の匂いがする。

 チューリングは宇宙ドックフラニーの至近に設定された、仮の試験宙域に発進し、そこで半日ほど、艦の状態をチェックした。

 ヴェルベット艦長は、空きが出ていた操舵管理官と機関管理官を即座に決めて、間をおかずに呼び出していた。

 事前に、レイナはそれぞれが三人まで絞られた段階で、計六人の候補者の個人情報を与えられ、意見を求められたのだった。

 しかし書類でその人間が本当にわかるわけがないし、それぞれの候補者に持ち味があり、あっさりと決めることはできない。

 ヴェルベット艦長との議論が短い時間で終わったのは、レイナが「艦長に任せる」と口にしたからで、ヴェルベット艦長はそれでも意見を言うように求めた。しかしレイナには意見らしい意見はなかった。

「オーケー、きみは俺に委任したとしよう」

「それで構いません」

 そういう経緯で決まった二人の新しい管理官は、操舵管理官がレポート・グラバーという中年男性で、機関管理官がジネル・クロウルというやはり中年の男性だ。二人とも階級は少尉。

 どちらもそれぞれ別のタイプで、しかし気性は荒そうに見えた。

 レポート少尉は長身で、他人を見下すような威圧的な視線をしていることが多い。

 一方のジネル少尉は肥満体で、どこか肩で風を切るような傲慢さがあるように見えた。

 実際、その二人が着任してから、レイナのところへは兵士たちから苦情が何件かきた。

 特にジネル少尉の指揮下に入った機関部員からの通報は過激で、とてもじゃないけど乱暴すぎる、とか、信頼関係が築ける人間性ではない、などと、言葉を選ばない通報さえあった。ほとんど愚痴ではあるが、良い兆候ではない。

 レイナは一度ならず、機関室へ行ったが案の定、空気は悪い。険悪そのものだった。

 かつてのウォルター大尉の時はどこか和気藹々としていたが、今は兵士たちは口も聞かず、視線も合わさず、その沈黙の中に、ブツブツと呟いているのはジネル少尉その人で、彼は端末をいじりながら何かを言い続けている。

 誰にともない不平不満を口にしているようだ。

 その少尉にレイナは話をしてみたが、簡単に、「機関室は俺の持ち場だ、口を出すな」という返事で追い返された。

 このジネル少尉の件に関して、レイナはヴェルベット艦長に報告したが、その艦長も余計なことをするなということを言っただけだった。

 発令所でもいくつかの問題があった。

 もう一人の新しい顔ぶれ、レポート少尉と、ザックス曹長の反りが合わないのだ。

 試験宙域で二対一の戦闘のシミュレーションをしたが、明らかにザックス曹長は精彩を欠いた。

 人工知能のサポートを受けることで、やっと標的を撃破できるような形で、これは以前ならなかったことだ。

 ザックス曹長の手動照準は、レイナの目には神がかって見えたし、まるで粒子ビームの方に敵から突っ込んでくるような場面さえあったものだ。

 それが今、粒子ビームは的を外す。

 試験の間、ヴェルベット艦長はザックス曹長を二度ほど、叱責した。ザックス曹長は睨み返すだけで、何も言わない。それもまた、ヴェルベット艦長の神経を逆なでしたが、それはレポート少尉の怒りも煽っていた。

 こうして試験航行を終えた時には、不自然な派閥のようなものができていた。

 派閥と言っても、ザックス一人と、それを責める艦長と操舵管理官、という構図ではあるが、レイナには信じられなかった。

 今までのチューリングの一体感は全く消えてしまっていた。

 ユキムラ准尉をも、ヴェルベット艦長は信頼していないようだったのも、レイナには気がかりだった。

 試験中にも、繰り返し、索敵の正確さを確認していた。

 事前にヴェルベット艦長はユキムラ准尉のことを調べて、検討していたのは間違いない。

 身体障害者で、難病でカプセルの中から出ることもできず、実際の五感をほとんど持たない青年。

 しかし連邦宇宙軍で、おそらく最も優れた目と耳を持ち、千里眼システムを完全に使いこなせる珍しい技能者。

 観察した限りでは、レイナの目にはヴェルベット艦長がユキムラ准尉を疑っており、その技能を認めながらも、頼り切るつもりもないように見えるのだった。

 ユキムラ准尉は試験の間、何度も自分の報告を疑われたが、いつも通りに淡々と確認と報告をしていた。彼の冷静さは、レイナのそれより強靭というよりない。

 試験から宇宙ドックフラニーへ戻ると、すぐに任務が与えられた。

 その通達の内容をレイナはヴェルベット艦長から教えられた。

 現在、火星方面から木星方面へ向かっている離反艦隊の小艦隊が無数にあり、そのうちの一つを追尾し、場合によっては管理艦隊分艦隊と連携し、確保を目指す、というものだった。

 確保を目指す、という部分をヴェルベット艦長と話し合った。

 確保せよ、でも、撃沈せよ、でもない。

 チューリング一隻で小艦隊をすべて相手にはできない。そのために確保を目指すという表現になり、それより先に追尾を指示しているのだと、レイナは考えた。

 まさかヴェルベット艦長が同じ考えに至らないわけがないが、しかし彼は露骨に不満げだった。

 しかしそこに関しては何も言わず、艦長はレイナに弾薬その他の補給を急ぐように伝えただけだ。それもまた、どこか不吉に感じるのは、レイナの杞憂だろうか。

 艦長室を出ると、思わずレイナは立ち尽くし、天井を見上げた。

「お疲れみたいですね」

 声をかけられて、そちらを見るとユキムラ准尉の入ったカプセルが立っていた。ちょうど通りかかったらしい。

「少し愚痴に付き合ってもらえる? ユキムラくん」

 ユキムラ准尉とは、プレイベートだと判断した時、階級をつけて呼ばない関係になっていた。

「いいですよ、レイナさん。どこで話しましょうか」

 フラニーの格納庫の監視室へ行きましょう、とレイナは言った。

 格納庫で事故や敵襲などに備えて宇宙を肉眼で監視する部屋の一つが、二人がよく会う場所だった。

 行きましょう、とレイナが先に立つと、ユキムラ准尉が後ろを静かについてきた。



(続く)

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