5-4 三代目の艦長

     ◆


 ヴェルベット・ハンニバル大佐が到着した時、ハンターは宇宙ドックフラニーの多目的格納庫にいて、守備部隊の戦闘機をいじっている整備士と話をしていた。

 そこへ連絡艇がやってきて、降りてきたのがヴェルベット大佐だった。

 向こうも気づいたようで、笑みを見せながら歩み寄ってくる。ヴェルベット大佐は通信装置の向こうに見た時より、長身で、細身で、攻撃的な雰囲気を発散させている。

「初めまして、ヴェルベット・ハンニバル大佐です」

 そう言って手を差し出してくる壮年の大佐の手を、素早くハンターは握った。

「ハンター・ウィッソン大佐です。ようこそ、管理艦隊へ」

 握りしめた手からも、ハンターは目の前の大佐の意気軒昂な状態を感じることができた。

「副長を呼ぼう、レイナ・ミューラー少佐だよ」

「チューリングの発令所に来るように伝えていただけますか? 今から、行きましょう」

「実際の艦が見たいのだな。わからなくはない」

 歩き出しながら、ハンターは携帯端末でレイナ少佐にチューリングの発令所に来るように文章を送って伝えた。すぐに返信が来る。

 通路を進みながら、ハンターはヴェルベット大佐に火星の様子を訊ねた。

「疑心暗鬼ですね。そして実際、昨日までの友軍が今日になったら姿を消している、ということも起こっています」

「収拾できると思うかい?」

「完全に封じ込めるのは、もはや不可能です。どこかで妥協するべきでしょう」

 話しながら、ヴェルベット大佐は周囲をよく見ている。宇宙ドックの中でもフラニーは比較的新しいし、あるいはヴェルベット大佐には目新しいのかもしれない。

 通路の先、広い空間に出る。

 ほう、とヴェルベット大佐が呟き、足を止めた。

 ちょうど目の前にチューリングの艦首がある。陰になって艦尾は見えない位置だ。

 何も言わずに、通路を降りていき、そのまま二人で無重力空間に進み、宙を泳いでぐるりとチューリングを一周した。

「感想は?」

 真面目な様子の来訪者は、問いかけに淡々と答えた。

「思ったよりも小さい。それと、装甲の光り方が独特だ」

「性能変化装甲の最新版だよ。もっとも、既にそれをもってしても全く姿を消す、というわけにはいかない」

「出力モニターですか。火星ではそんなものは必要なかった」

「これから、どこでも必要になるかもしれんな」

 ちらっとヴェルベット大佐がハンターを見るが、何も言わなかった。

 通路の一つに戻り、そこからチューリングの中に入った。既に内装も完璧に仕上がっている。

 発令所に入ると、レイナ少佐が一人で立っていた。キッチリと敬礼する。

「レイナ・ミューラー少佐です」

「ヴェルベット・ハンニバル大佐です」

 大佐も敬礼し、すぐに実際的な話が始まった。すでにヴェルベット大佐にはデータは渡してあったので、それに関する内容の確認だった。

 どれだけの隠蔽性能があるのか、推力や火力の程度、無補給で航行できる期間。

 全てが伝えてあった内容だが、ヴェルベット大佐はレイナ少佐に、さり気なく、実際の運用においてのことを交えて確認している。

 さすがに実戦主義的な指揮官だと、ハンターはその質問の要点に舌を巻く思いだった。

「歓迎会がありますが、どうしますか?」

 そうレイナ少佐が切り出すと、ヴェルベット大佐は「乗組員が揃っていますか?」と質問した。管理官だけではなく、乗組員の実際を知りたいのだろう。それにはあるいは、ハンターがどこまで信頼されていて、それとどのように自分が比較されるか、という心理面への興味も含まれていそうだ。

 三人で食堂へ行くと、すでに料理が用意され、乗組員がおおよそ揃っていた。本来は全員が入ることはないので、だいぶ人口密度が高い印象だ。

 全員が気をつけをして敬礼し、休め、とレイナ少佐が言う。

 ハンターの口から、ヴェルベット大佐を紹介する。その時には全員が視線をヴェルベット大佐に向け、その大佐も、強い視線を巡らせている。

「ヴェルベット大佐、何か言うことはあるかな」

 隣に立つヴェルベット大佐にそう声をかけると、簡単に、と返事があった。

「諸君、私は火星駐屯軍にいた。周囲からは、死に兵艦長、などと呼ばれていた。諸君も、他所から見れば死に兵として扱われていると見えるような、そんな任務や戦闘を強制されるかもしれない」

 誰一人、声一つ漏らさなかった。集中している。

「私は勝つことにこだわる。勝てるのなら、危険も厭わない。それを覚えておいてほしい」

 妙な雰囲気になったが、誰からともなく拍手が起こった。

 それから全員の手にグラスが渡り、ソフトドリンクで乾杯になった。一部の兵はそのグラスを干すと仕事があるのだろう、すぐに食堂を出て行ったので、息苦しさは少し和らいだ。

 ハンターはそうとわからないように、ザックス曹長を探した。彼を探すには、ユキムラ准尉を探せばいい。大きなカプセルなのだ。

 歓迎会が砕けた演出だったため、階級を無視して人が立っていたので、先ほどはザックス曹長を見出せなかった。

 カプセルは部屋の隅にいる。

 そちらへハンターが歩み寄ると、ザックス曹長がしゃがみこんでいて、小さなボトルに口をつけたところだ。

「あんた、本当に降りるんですかい?」

 しゃがんだまま、どこか濁った瞳がハンターを見上げた。

「あの大佐を、支えてやってくれ、曹長。私だと思え、とは言わんがね」

「あんたは特別だよ、大佐。俺を救ってくれた」

 もう一度、ボトルが傾げられる。顎へと琥珀色の雫が流れた。

 ハンターは何も言わず、ただ頷いた。



(続く)

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