2-3 不必要

     ◆


 宇宙ドックフラニーは思ったよりも進出してきて、予定よりわずかに早く、チューリングはそのドックの一つに入ることができた。

 管理官では、ロイド・エルロ中尉がまだ完全に回復せず、他の重傷者とともにフラニーの医療施設へ運ばれた。

 チューリングの補修は急ピッチで行われている。ただ、右舷前方の派手に抉られている部分は、装甲は全部取り替えるし、血管を貼り直す必要もあれば、フレームを交換する必要もある。

 フレームに関して言えば、チューリングの全体に歪みが生じているのは、宇宙ドックへ着く前から電子頭脳が割り出していた。

 とにかく、チューリングは複雑な工程を経なければ、もう一度、宇宙へ出るのは難しい。

 ユキムラは艦の外に出て、やっと右舷の破損の状態を仔細に見たが、ひどいものだった。一番深いところは艦の気密外殻をわずかに破っていると聞いていたが、ほんの少しのずれでチューリングは撃沈されたかもしれない。

 それにも驚いたが、もう一つの驚きは、管理艦隊の幕僚であるクラウン少将が暗殺された、ということだった。

「そこがどうやら、俺たちの不幸の始まりらしい」

 そういったのはザックス曹長で、宇宙服の機能も備えた作業着姿である。

 場所はドックの外周にあるキャットウォークの一つで、そばには誰もいない。ザックス曹長はフラニーの作業員たちと打ち合わせをしていたのが、ユキムラがここにいるのを見て、近づいてきたのだ。

「内通していて、処断された、とザックスさんは言うのですか?」

「まあ、敵が何らかの理由で消す場合もあろうが、管理艦隊が消す方が合理的かもしれない。ただ、俺だったら二重スパイに仕立て上げるかな」

 そんな複雑なことがザックス曹長にできるわけもないから、ジョークだろう。

 こういう時、少しの表情で笑いを示せたらいいのにな、とユキムラは考えることが最近は多い。手に入らないもの、それも些細なものほど、欲しいものである。

「何にせよ、クラウン少将をどこかの誰かが消したがために、俺たちは攻撃された。暗殺は事態を動かす、大きな意味があったわけだ。超大型戦艦以上に、ということだが」

 かすかに振動が伝わってきた時、チューリングのフレームの一つが外された。ザックス曹長もそちらをちらっと見た。

「超大型戦艦はどうなっている?」

「どこかへは逃げるとは思うのですが、まだ非支配宙域のさらに外へ行くようでもありません」

「整備じゃないのか?」

「と言うより、仲間を集めている、という雰囲気です。独立派の中型から小型の船舶はおおよそ離脱しつつありますが、超大型戦艦は、連邦宇宙軍から離反した艦隊を待っているのだと思います」

 わからんな、とザックス曹長が顔をしかめる。

「戦力はもういらんだろう、だいぶ強力だというし。なら、物資か、仲間を待っているのか?」

 ユキムラはその、どうしても見つからない疑問への回答をずっと考えていて、答えは見つからないままで、この時もうまく言葉を返せなかった。

 確かに超大型戦艦は、あれ以上の戦闘力は必要としない。物資を求める可能性はあるはずだけれど、補給が受けられないのは自明なのだから、最初に手を打つだろう。ただ、どんな手かは想像できない。

 補給が確立されているとなれば、やはり仲間を待っている、と表現するよりない、ということか。

 ただそれでも、仲間を集める理由もないかもしれなかった。三々五々、ひた駆ければいいような気もする。

「決戦、というのが管理艦隊の狙いです。もう艦隊は集結しています」

 やっとユキムラがそう言うと、ザックス曹長の目が光ったような気がした。

「ノイマンとチャンドラセカルは?」

「決戦の場にはいます。ただ、ミリオン級は殴り合いのような戦闘には不向きです。不意打ち、奇襲、というのが持ち味ですけど、今回ばかりはそうもいかないと思います」

「それはつまり、潜航艦同士で戦う、ってことか?」

「非現実的ですけど」

 潜航艦は重要な存在ではないと、ユキムラは何度も考えていた。考え抜いたとも言える。

 例えば、敵の旗艦を仕留めるようなことは、やり方さえ工夫すれば、できる。

 ただ、攻撃するときには居場所を知られる。そこで激烈な砲撃で潜航艦を無力化するはずだ。それに、敵も司令部を他へ移せばいい。

 そういう意味では、力場に守られている超大型戦艦のようなものこそが、重要ではないのか。

 敵はまるで、ノイマンとチャンドラセカルを待っているような気さえする。

 そのためにチューリングを保護した時のチャンドラセカルとの戦闘を、痛み分けで終わらせたのではないだろうか。

 しかし、ミリオン級を待つ理由もない。

 そこに敵の何かしらの意図の一部、全貌を解きほぐす鍵がありそうではあったが、まだよく見えなかった。

「俺も決戦の様子が見られればいいんだがな」

 ぼやくようにザックス曹長が言う。ユキムラの感覚と千里眼システムは、管理艦隊の目と耳を借りて、比較的リアルに戦場を見れるはずだが、今はリンクを遮断されている。

 今、ユキムラは必要とされていないし、それぞれの艦に一流の索敵管理官がいるのだから、必要とする理由はない。

 仕事に戻るぜ、とザックス曹長はチューリングの方へ無重力の空中をゆっくりと横切っていく。

 ユキムラは改めて、チューリングを見た。

 その生き物は今、眠っている。

 蘇るまで、時間が必要だ。

 その場を離れようとすると、通信が入った。ユキムラのカプセルに通信装置は内蔵されている。

「准尉、発令所へ来てくれ」

 相手はハンター艦長だった。

「いよいよ始まるらしい」

 それだけで何が起こるか、ユキムラには見えた気がした。

 発令所へ向かいます、と返事をして、カプセルを支える両足の車輪を走らせる。

 大規模な艦隊戦が、ついに始まるか。



(続く)

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