6-3 短くない時間の後で

     ◆


 十五日目、チャンドラセカルは動きを止めた。

 敵の索敵範囲を推測し、ギリギリのところまで近づいたことになる、とヘンリエッタは見ていた。もちろんチャンドラセカルは姿を消すための処置を施し、ミューターは正常に機能し、シャドーモードの装甲も万全の状態だ。

 会議室に管理官が揃っていた。

「僕たちが見張っている宇宙基地はβと呼称します」

 会議の冒頭でヨシノ艦長が穏やかな声で言った。

「司令部からの情報で、チューリングが別の一隻の宇宙基地を捕捉し、監視しているそうです。そちらがαで、こちらがβということになります」

「それで艦長」

 ここまでほとんど出番のない火器管制管理官のリチャード・インストン准尉が、嬉しそうに質問する。

「これだけの距離をとったからには相応の理由があるんですよね?」

 それはヘンリエッタも気にはなっていた。

 正体不明の宇宙基地との間にある距離は、強襲するにはやや間合いがありすぎる。推力全開でも、相手に態勢を整える時間を与えるだろう。

 攻撃するには遠い。

 そして監視するにもやや遠い。

 インストン准尉の言葉に、その通りです、と艦長は穏やかに微笑んだ。

「敵の宇宙基地の索敵能力はおそらく、それほどの驚異にはなりません。ここは非支配宙域で、彼らの庭ですから、警戒を厳密にするのは一隻の役目ではなく、複数隻でフォローするはずです。それとは別に、もしも管理艦隊の手入れがあったら、ということも常に頭にあるでしょう。逃げ出す準備は万全ということです」

 コウドウ中尉があくびをする。何を当たり前のことを言っているんだ、という雰囲気だ。

 それを咎めるでもなく、ヨシノ艦長が言葉を続ける。

「僕が最も危惧しているのは、敵にこちらがミューターを実装している、ということが露見することです。正確にはもう一つ、用心していることもあります」

「尻尾を掴ませないために、遠くにいるわけですか?」

「そうです、インストンさん。あなたの出番はもう少し先になると思います」

 なだめるようなヨシノ艦長の声に、隠れて追いかけるのが仕事ですからね、などと言いつつ、インストン准尉は納得したようだった。

「もう一つの用心とはなんですか?」

 素早くイアン中佐が質問する。ヨシノ艦長が真面目な顔になり、指先で顎に触れる。

「ミューターを敵が持っている、というのが現実的なラインですが、それ以上がある」

「それ以上、とは?」

「敵の雷撃艦の隠蔽能力がオスロの索敵を正面から掻い潜った場合です」

「それはミューターをやはり、積んでいると考える方が妥当では?」

 そのイアン中佐の言葉に、かもしれません、と顎を指先で叩きながら、ヨシノ艦長が考え込むような顔になる。

「ミューターと、装甲に塗る特殊な塗料、それだけでしょうか」

「艦長、具体的にお願いします」

 オットー准尉が踏み込むと、ええ、とヨシノが相好を崩す。

「敵がミリオン級と同様の艦船を保有している、という危惧です」

 それはまた、とオーハイネ少尉が呟いた以外は、イアン中佐がわずかに目を細め、他の面々は口を閉ざしていた。

 ヘンリエッタも顔がこわばるのを意識しながら、そんなことがあるか、考えた。

 チャンドラセカルは何も特殊な魔法の力で、奇跡で姿を消しているわけではない。

 全てが科学技術であり、知識と技術、材料、施設、人員、経済力、そういう全てが揃えば、いくらでも再現可能なのだ。

 敵にそれがあるのかないのかは、ヘンリエッタには想像もつかない。

 少なくとも宇宙基地を二隻以上、現役で運用し、管理艦隊の手を焼かせる程度の実力はある。

 しかし、ミリオン級と同種の艦を建造する?

「みなさん、ミリオン級が建造されて、すでに長い時間が過ぎています」

 ほんの数年ほどの筈だが、とヘンリエッタは思ったが、確かによく考えれば長い時間だ。

 その数年前にはミューターだってなかった。千里眼システムもない。それだけ技術が進歩するのだから、ほんの数年でも決して短い時間ではない。

「そろそろ簡易的な再現も、あるいはそっくりそのままの複製も可能でしょう。技術や情報は、絶対に秘匿できません。必ず誰かが口にして、もしくは目の当たりにしてしまう。ですから、ミリオン級と同等の艦を敵が持つこともある、そう頭に入れて、任務に当たりましょう」

 会議はそれから、今後の展開についての話になり、ヘンリエッタは空間ソナー、出力モニターが常に宇宙基地βを捕捉し続けることが可能なことと、司令部から移譲された権限で、チューリングの索敵管理官が入手している情報を、千里眼システムの応用でほぼリアルタイムで閲覧していることを報告した。

「彼の見ている世界に、宇宙基地βは映っていません、どうやら司令部がチューリングにはチャンドラセカルの作戦を伝えていないし、隠し通すつもりのようです」

「それは僕も聞いています」

 頷いて、ヨシノ艦長が補足する。

「司令部は三隻のミリオン級にそれぞれに任務を与えています。協力することもいつかはあるでしょうが、今は、それぞれの任務に集中するよりありません」

「ヘンリエッタ准尉、ノイマンはどうしているのかな」

 オーハイネ少尉の質問に、ヘンリエッタはやや忸怩たるものを感じながら、答える。

「ノイマンの情報、所在も彼らが手にした情報全てもこちらには流れてきません。そしてこちらの情報がノイマンに流れているかは、不明です」

 それでも仲間なのかね、とコウドウ中尉が唸るが、スタンドプレイが基本です、とヨシノ艦長は苦笑いだ。

「僕たちの仕事を、抜かりなくこなすとしましょう」

 会議はそれから、一時間ほどで終了した。



(続く)

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