2-5 世界から置き去りにされる

     ◆


 レイナとハンター中佐は宇宙基地カイロと訓練基地コルシカ、宇宙ドッグのフラニーを慌ただしく巡り歩いた。

 その中でコルシカで、ロイド・エルロと会うことができた。珍しくハンター中佐が席を外していて、ロイド中尉は昼食のための休憩時間に入るところのようだった。場所は食堂の前で、ロイド中尉の友人らしい兵士たちが、レイナに一礼して、何かを勘ぐる顔をして食堂へ消えた。

「どうして君がここにいるのかな、大尉殿」

 ふざけた調子でそう言うロイド・エルロという青年は長身で、細身すぎるほど細身だ。ちゃんと食べてる? と訊かずにはいられないような体格だった。

「確か、第八艦隊で艦長の副官をやっていたよね」

「管理艦隊に引き抜かれたのよ」

 それだけでも通じるものはある。なるほど、とロイド中尉が頷く。

「老人と美女のスカウトマンがそこらじゅうで目撃されてるけど、美女というのは君だね」

「美女かどうかは知らないけど、老人と一緒にいるのは事実ね」

「君も冒険には興味があるわけだ」

 その一言にレイナは思わず笑っていた。

「私は別に冒険には興味はないわね。船には興味があるわ。あと、今の話にあった老人にもね」

「機関士だとか?」

「なんでもお見通しじゃないの、ロイド。とにかく、訓練を頑張りなさい」

 まったく、とロイド中尉が肩を落とす。

「君の幸運を分けて欲しいよ。僕は必死に訓練して船に乗れるかどうかなのに、君は自動的に乗れるんだから」

「これでも私には私なりの苦労があるのよ。じゃあね。ロイド。また会いましょう」

「また家族みんなで食事でもしたいよ」

 いつの頃からか決まりごとのようになっている儀式、二人は手のひら同士をぶつけて、その場を離れた。ロイド中尉は食堂へ、レイナは格納庫に用事があった。

 一人、大事な人間を出迎える必要があると聞いている。ハンター中佐からそう言われたのだ。また犯罪者だろうかと思うと、気分が落ち込む。

 訓練基地コルシカへ行くたびに情報をチェックしたが、ザックスもカードも順調にカリキュラムをこなしていた。文句をつけようにも、水準以下の結果を出す項目がない。その上、ザックスは火器管制で、カードは操艦技能で抜きんでている。一流のはずの軍人、経験十分なベテランも士官学校卒業者も寄せ付けない。

 日常の生活態度さえも問題ない。レイナの予想と願望は裏切られつつある。

 重い気分を引き連れて、レイナは格納庫へ出た。戦闘機が並ぶ横を抜け、最新鋭機のデザインに目を奪われながら、レイナはシャトルの発着スペースに進む。

 ちょうど一隻のシャトルが滑り込んできたところだ。

 推進器が停止し、扉が開いて降りてきたのは背広の男性だ。しかし、その上に白衣を着ている。その男性がレイナの方へやってきて、敬礼する。

「医療部のカーディ少尉です。お客様をお連れしました」

 レイナはその言葉を聞くまで、医者が目的の相手かと思っていた。しかし違うらしい。違うらしいが、どこにお客様がいるのか、レイナは視線を巡らせた。

 シャトルの格納スペースが開き始めたので、視線が自然とそこに向いた。

 何かが降りてくるが、明らかに異質な存在だった。

 まるで骨だけになった人間が動いているようなものだ。二足歩行で、両手を使ってバランスを巧妙に取りながら、格納庫へ出てくる。

 唖然とするレイナの前に進み出てくるそれは、機械の四肢を持った存在で、胴体は滑らかな曲線のカプセルだ。

 頭があるはずのところに、カメラがある。

「こんにちは、レイナ・ミューラー大尉」

 スピーカーからの声に、レイナは記憶が繋がった。

「ユキムラ・アートさん、ですか?」

 あの地球の病室で動けなかった青年が今、カプセルの中に浮かび、機械の体でここへ来たことは、あまりにも突飛で、現実感がなかった。

「ハンター中佐にお願いして、ここまで来てしまいました」

 声には恥ずかしがっている色があるが、彼の顔に変化はない。カプセルにある窓から見える彼の顔には少しの力もないため、まるで眠っているようだ。

「あの、ユキムラさん、どのようなご用件ですか?」

 恐る恐る、レイナが訊ねると、知らないのですか、と困惑した声が返ってきた。

「ハンター中佐が、僕を試験することを許してくれたと聞いていますが、ご存知ないですか?」

「試験とはなんです?」

「索敵要員として使えるか、ですが、本当に知らないんですか?」

 おかしいなぁ、などと本当に不思議そうに呟く体の自由のない青年を前に、レイナは危うく倒れこみそうだった。

 犯罪者、チンピラの次は、病人とは。

 いっそここで追い返してしまえ、とレイナが決断しかけた時、「待ってたよ、ユキムラくん!」と声が響き、当のハンター・ウィッソン中佐がやってきた。片手には紙袋を持っている。

「カイロからの定期便が遅れてしまってね。まぁ、昼飯を確保する余地はあった」

 冗談のつもりのようだったが、レイナは笑うどころではない。今すぐ、ユキムラをここへ呼んだ理由を問いただしたかった。

 だが、わざとだろうが、レイナを無視したハンター中佐は医療部門のカーディ少尉から説明を受け、何かのデータチップを受け取っていた。ユキムラであるところの外骨格を改造したらしい体はピタリと止まって動かない。

 とんでもなくシュールな世界だ。レイナはもう、現実が自分を置き去りにしたと思うしかなかった。

「さて、行こうか、二人とも」

 ハンター中佐に促されて、レイナは無言で頷き、歩き出した。かすかな駆動音が後を追ってくる。足で歩くかと思ったが、足に車輪が内蔵されているようでそれで走っている音だ。

「どこへ行くのですか? 中佐」

 こういう時、少しは先を予測して衝撃を減らすべきだろう、と何かにすがる気持ちでレイナはハンター中佐に訊ねたが、これは全くの逆効果しか生まなかった。

「コルシカの索敵管理官のところだ」

 ありえない。コルシカは訓練基地とはいえ、非支配宙域の目と鼻の先にある。その索敵管理官は、優秀の上に優秀な人材のはずだ。

 そんなところへ行って何をするのか、もうレイナは聞かないことにして、機械的に先を行くハンター中佐を追うしかなかった。

 そのハンター中佐は、上機嫌に何かの曲を口笛で吹いていた。



(続く)

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