Myth-night sky-

月観 紅茶

プロローグ――キミとまた、逢えますように――

《これが私の役目。生きる意味――――。》


 海岸線。背後には住宅の街並みが広がり、人々が住まう場所がある。

 ひとりでも多くの人を救うために、一分でも一秒でも時間を稼ぐために。

 

 周りを囲む、夥しい数の異形の生物。―魔物―

 蟲や既存の生物の成れの果て。そんな醜き異様さを放っった、夥しい醜き魔物の中心に、黒髪の少女が独り立っていた。

 少女は顔に着いた青い液体を、左手で拭い、前を見据える。


《だから、私はこの剣を振るい 戦うんだ。》


 少女の右手には、その少女の華奢な身体、細い腕に、あまりに相応しくない大剣が握られていた。その大剣は、可憐で麗しい少女には似つかわしくない程に、恐ろしく歪な禍々しい漆黒の剣。刀身は漆黒の表面にマグマの様な赤い亀裂模様が浮かぶ。


《引くことなど、出来ないのだから。》


 そして、少女はその大剣を両手で握りしめ、迫りくる夥しい数の魔物に、独り駆け、迎え撃つのだ。

 その刹那、脳裏に浮かぶ少しの間だけ触れ合うことのできた、彼らの顔。

 生まれた時に押された烙印。それを隠し、ひとりの女の子として、共に同じことを学び、同じ時間を共有した、同年代の少年少女達。


《願うことなら――――、もう少しだけ。》


 これは、少女の責務。そして、運命。

 異形の生物と闘うために生み出された少女の宿命だ。

 だから、この地獄絵図のようなこの光景に、この状況に、後悔も怖れも、己の命への執着も無い。死への恐怖をも抱かない。

 この行為こそが、少女の生きる意味で生きる意義なのだから。


 でも――――――


《彼らと。そして、リクくんと。もう少しだけ。》


 少女は目の前まで迫った魔物に剣を振るう。それはまるで踊っているかの様に綺麗な舞だ。舞うように少女は剣を振るい、次々と魔物を殺していく。

 斬られたことにより魔物から飛び散る、青い血液。その青い返り血は少女の身体に付着し少女を青く染めていく。何体斬ったか、どれだけ殺したか分からない。少女が舞った後には大量の死骸が転がっている。無我夢中で斬り続けた。

 けれど、魔物の数は一向に減らない。しかし、少女は臆することなく剣を振るい、闘い続ける。己の命の終着地を悟りながら、それでも少女は剣を振るい、ある願いを抱き、無我夢中で人々の為に、想う彼らの為に、そして、独りの少年の為に少女は戦い続けるのだ。


《一緒に居たかったな。》


 ゆっくりと、だが確実に少女には疲労が溜まってゆく。その疲労で生まれた一瞬の隙が少女の致命的なミスとなってしまった。

 剣の切り返しが遅れ、少女の左肩を大きな魔物による鋭く鋭利な触手が突き刺さる。

 少女の左肩から流れる血液。

 少女は残された右腕で剣を握り、左肩に突き刺さる触手を切り落とした。そして、その右手に握られた大剣を、触手を持つ大きな魔物に投げ放つ。その大剣は脳天に突き刺さり、巨大な魔物は瞬く間に息絶えるのだ。

 そして、少女は空いた右手で左肩に突き刺さる触手を引きぬき、すぐさま大きな魔物の脳天に突き刺さる、投げた己の大剣を取りに行く。

 抜いたと同時に噴き出す血潮。頬に付着し、赤い血液と青い血液まるでペイントされたように顔を染めた。

右手に大剣を持ち、左腕は無造作に垂れ下がり、少女にそれを拭き取ることは出来ず、無造作に顔を二種類の血液で濡らしたまま残された片腕で剣を振い戦い続けるのだ。


「行くよ。よる。」(天輝翼滅炎焔剣レーヴァテイン


 そう少女が告げると、禍々し刀身が、燃え盛る炎へと変容していく。

 少女が振るう、その一太刀は、凄まじい火力を放ち多くの魔物を灰へと返した。

 炎に接触することで、その部分は忽ち黒く炭へと変わり、やがては灰になる。

 かすり傷一つさえ、その炎に触れることで生物は灰となり消え去っていく。

 その炎剣を振るい少女は周りにいる殆どの魔物を死滅させた。

 だが、疲労は頂点に達し身体もボロボロだ。魔物全ての攻撃を躱し、いなす事など出来るはずもなく、少女の身体は多くの裂傷挫傷を負っていた。

 そして少年は剣を元の状態に戻すと地面に突き刺し、剣に凭れ掛かかった。


(よくやったよ、夜空ヨゾラ。だから、休んでいて。 ボクと交代だ。)


「うん。少しだけ、休ませてもらうね。スイ。」


 少女は突き刺した大剣に凭れながら呼吸を整える。すると、綺麗な黒髪から美しい銀髪へと変化しその瞳は黄金に輝いた。

そして、見据えるのだ。迫りくる100メートルはあろう巨大なカエルの様な魔物を。


「あれを倒せることが出来れば……」


 その巨大なカエルのような魔物は海を歩き、陸へと上陸しようとしている。

 背中の上から大量の異形の生物が湧き出ている。そう、黒髪の少女が今まで倒してきていたのはこの巨大な魔物が生み出した分身体、あるいはあれの子のようなものだ。


「僕は、彼らが苦手だ。でも―――――――。」


 銀髪の少女はもたれ掛かっていた地面に突き刺す大剣を抜き、右手で力強く握りしめ走り出す。

 脳裏に浮かぶのは、友達だと思い、仲間だと言ってくれた、少年少女達の冷ややかな目。

 その正体を知り得たとたんに掌を返したように態度を変え、まるで己を化け物だと嫌悪し敵意を向け忌み嫌う目。


「それでも、ヨゾラが一緒に居たいと。そう望むのならば――――。」


 巨大なカエルのよう魔物から湧き出る分身体の魔物が少女の前に迫ら来る。その剣にはもう炎の刀身は無く、元の禍々しい漆黒の刀身。だが、亀裂模様の色は赤ではなく、青く変化していた。


「――――ボクは、その為に剣を振るおう。」


 迫りくる異形の生物を次々に切り刻み少女は突き進む。あの巨大な異形の生物の主を目指して。


「それと、ボク自身の為にちょぴっとだけ剣を振るうんだ。」


 その刹那、少女に走馬灯のように浮かんでくる、とある少年の笑顔。

 無邪気に笑い、どこか寂しそうなその瞳。自分と重なり、自分とは違う。そんな少年。

 だから、この想いはその為にも振るうのだ。


「キミとまた、逢えますように――――。」

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