第19話 大人な体験

 よし──とりあえず落ち着いて現状を確認しよう。 俺は改めて二人をまじまじと見る。

 まずは殿村──先入観を抜きにして見るとかなりの美人だよな。 胸もでかいしスタイルもいいし、ロリコンやB専やババ専みたいな特殊性癖でなければ抱きたくない男はいないだろ。 しかもそんな女が自分からおねだりしてくるなんて……まあ天国としか言いようがない。

 ルナの方は見ての通り──絶世のとまでは言わないけどメチャクチャ可愛い。 大人しくて清楚でうぶで、スタイルのよさも相当なもの。

 この二人とそういうことをする……おまけにルナは初めて……こんな娘の初めてを奪って自分の色に染めるとか……

 いや、だけどなぁ……

「どう!? 今度はルナちゃんもまんざらじゃないし! あんたがその気なら二人であのベビードール着ちゃうわよ!?」

 葛藤する俺に殿村が何とも魅力的な提案をしてくる。 それは……うーむ……心引かれるというかもう行くしかないじゃん!

 …………なんてね。

「ま……ないな。」

「えー? こんな美味しそうな据え膳を無視しちゃうの? ヘタレ過ぎない?」

「ちょ──!? ミツキ様!?」

 あっさり提案を蹴飛ばした俺に不満げに口を尖らせながら、ルナにのし掛かるように背後から抱きついた殿村がルナの胸を強調するように両手で持ち上げる。

 うん、確かにこんなご馳走を目の前にぶら下げられて断るのはもったいないけどさ……

「とりあえずな、俺はお前とそういうことをする気はないんだよ。 何度も言ってるだろ?」

 殿村は俺が大事な友達だから抱かれたいと言う。 今時は男女の友人関係のままそういうことをする仲というのもないわけじゃないし別にそれを否定する気はないよ。

 でも俺は無理。 特に仲のいい友達だからこそそういうことはできない。 てかぶっちゃけると中身をよく知ってるからその気にならんのだけど。

「それとな、ルナには成功報酬でって約束したろ? 一旦約束したんだから俺の得になるからってそれを変えるようなことはしない。

 それを認めたら約束を破るのを認めるのと同じだろ?」

「それは……ですがお互いが同意の上であれば約束を変えるのも──」

「もちろんそうだよ。 約束した者同士が同意すれば問題ない。 で、俺は一度約束したことを変える気はないってそれだけのこと。」

 俺の言葉にルナは心なしかしゅんとしたように見える。

 何だろう……本当に俺とそういうことをするのはまんざらでもないのか? いや、単に他に頼れる相手もいない異世界で世話になってるから錯覚してるだけだろう。

 うん、変な勘違いとか期待はしないからな、俺は。

「まあとにかく残り半月程度だ。 そうだな……異世界にくるなんてそうそうないんだから記念に色々体験していくといいんじゃないか?

 日曜も二回あるし──殿村、どこか案内してやれよ。」

「オッケー! 異世界でルナちゃんの初体験ね! どこがいいかしら!?」

 その言い方やめろ……完全にわざとだろ?

「ネットで面白そうなとこをいくつか見せて選ばせてやればいいんじゃないか?」

「そうねぇ……ルナちゃんにオススメのスポット……あそことかあそことか……迷っちゃうわ!」

「……言っておくが健全なとこ限定だからな。 夜の店は厳禁だ。」

 ウフフフと不安なこと極まりない笑いを漏らしながら脳内でルナを案内する場所をピックアップする殿村に釘を刺して、俺は空になったビール缶を持ってキッチンに行き次は何を飲むか選ぶ。

 スコッチにバーボン、ジャパニーズウイスキー、ジン──と色んな酒があるがそんなに量があるわけじゃない。 お気に入りの銘柄を1、2種類ずつ用意してる程度でまあ全部でボトル6本程度。

 ふむ……冷凍庫で冷やしたボンベイサファイアもいいけど口は甘いのを欲しがってる……スコッチにチョコがいいかな。

 俺はザ・グレンリヴェット12年のボトルを手に取るとつまみ用に常備してる菓子から適当にチョコレートとチョコ菓子を取り出し、ショットグラスを用意する。

 酒に関しては蘊蓄を語りたくなるくらいの酒好きだけどここではあえて語らない。 ただ、甘く華やかな香りを楽しめるスコッチとして、イギリス最古の公認蒸留所ディスティラリーで作られるこのザ・グレンリヴェットは最高のものだと言っておく。 「ザ」と定冠詞が付けられた理由を知ればその美味さも想像がつくはずだ。

 18年ものの方が香りも味わいも重厚なんだけど俺はむしろ軽めの12年ものの方が好きだな。

 準備をしてリビングに行くと、殿村がルナにスマホを見せて二人で色々話してる。 日曜に出かける場所を探しているんだろう。

 その脇で俺はルナたちも食べるだろうと多目に持ってきたお菓子を机に置いて、ショットグラスにスコッチを注ぐ。

 いいウィスキーはストレートに限る──なんて言う人もいるけど俺は水割りも構わないと思ってる。

 そもそも本来、樽出しのウィスキーはアルコール度数が60%以上あるものを加水してアルコール度数を40%程度にして流通させてるのがほとんどなんだから自分にとって最適な口当たりになるよう調整するのは何も問題ない。 できれば水にはこだわった方がいいとは思うけどね。 ただ俺の好みの飲み方としてはストレートになるかな。

 スコッチを注いだショットグラスを手に取り口に運ぶと、ふとルナがこちらを見ているのに気付く。

「どうかした?」

「あ、その、何やらいい香りがするので何かと思いまして。 それはお酒なんですか?」

 興味津々な様子で俺に近付きグラスの中の琥珀色の液体を覗き込むルナ。 離れてたのに香りを嗅ぎ取るなんてずいぶん鼻がいいんだな。

「結構強めの酒だよ。 酒は好きなの?」

「その……私ももうお酒を許される年なのですが飲んだことはなくて……お花のようなとてもいい香りですし少し興味があります。」

 こいつに興味を示すとはいい趣味をしてる。 まあザ・グレンリヴェットはシングルモルトの中でもかなり口当たりのいい酒だ。 アイレイモルトと比べると女性向けなスペイサイドモルトの中でも特にそうだね。

 んー……明らかに日本人ならアウトな年齢だよな。 だけどこいつのよさに気付いたってのが正直うれしいし……まあ向こうでOKならいいだろう。

「ちょっと待ってて。 このままじゃきついから飲みやすいように割るよ。」

「あ、あたしの分のグラスもお願いねー。」

 殿村に軽く返事をしながらキッチンに戻るとグラスを2つとマドラー──一時期カクテルにはまったことがあって持ってる──を手に取り冷蔵庫に入れてなかったミネラルウォーターを持ってリビングに戻る。 割りはするけど水割りにするつもりはないから氷は用意しない。

 ただ酒に興味があるだけなら甘いカクテルもいいんだけどザ・グレンリヴェットをカクテルに使うのはバカだと思う。

 口の細いグラスにザ・グレンリヴェットを注ぎ、ミネラルウォーターを同じくらい注ぎマドラーで軽くかき混ぜる。

 それは水割りじゃないのかって? 一応水割りは氷にウィスキーを注いで水で割るものだからこれは水割りじゃない。 トワイスアップと言って常温の水で割ってより香りを楽しめるようにする飲み方だ。

 氷で冷やすとどうしても香りが立たなくなるからこいつの香りを気に入ったルナにはこの飲み方がいいだろう。

 殿村にも同じように作ってやり二人の目の前にグラスを置く。

「ありがと。 いただくわね。」

 グラスを手に取ると軽く口に付け少量を流し込む殿村。 こいつ、居酒屋ではガバガバ飲むけどちゃんと美味い酒の楽しみかたも知ってるんだよな。

 口の中で軽く転がして飲み込むとほぅっとため息をつく──何とも色っぽいな。

 そんな殿村を横目にルナもおずおずとグラスを手に取り顔を近づける。

「わぁ……なんていい香り。 先ほどよりも柔らかくていい香りがします。」

 ルナも酒は初めてというのに通のように香りを楽しんでいる。 ワインなんかは特にそうだけどウィスキーも香りは大切だよ。 ちなみに俺はワインはあまり好きじゃないけど。

「何だかドキドキしますね……それではいただきます。」

 おっかなびっくりグラスに口を付け、殿村の真似をするように少量のウィスキーを口に含む。


 その時になって俺は思った。

──酒乱だったらえらいことになるんじゃなかろうか、と。

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