明かりの消えない夜
山口大丁
明かりの消えない夜
同級生の訃報を聞くのは人生で二度目だ。亡くなったのは、学生時代にマネージャーとして尽力してくれた女の子だった。彼女とは小学校が同じで顔見知りだった。
その日は、同じく中学の同級生からの連絡で始まった。夜勤から帰宅し、六時間ほど眠りについた。昼頃だったと思う、珍しく母親以外の連絡先が携帯電話に表示されていた。
その時点で妙な気色悪さがあった、何せ覚えているだけでも三年ぶりに連絡が来たのだ。
案の定、電話口から伝えられた事情は、前日の疲労とは比にならない程の倦怠感を呼び込み、再び意識を微睡の淵に追いやった。
次の眠りにつくまで、私の心は動揺にまみれていた。しかし、妙なことに頭はそっぽを向いており、まだ予定も決められていない通夜の対応を考えていた。薄情だと罵られても返す言葉がない。私自身、喜々として香典やら喪服を用意する人間に、出会ったなら、これまでにない嫌悪感を覚えるだろうし、怒りを露わに罵ることは想像に難くない。もちろん、今、行っている「記す」というこの行為も、例外なく嫌悪の対象であることは自覚している。
通夜は連絡が来てから三日後だった。
出かける直前に母が言った。
「あんたらやと、かける言葉がないやろうけど、いってらっしゃい」
言葉をそのまま受け取った私は、少し苛立ち気味で扉を閉めた。
仲間内で集まり、車で会館まで向かった。窓から見える空は十月とは思えないほどに濁り荒んでいた。秋の到来を拒否する曇り空の下、車内を満たす空気は同様に、現実を受け入れようとしない拒否感に包まれていた。本当に現実感がなかった、遺体を目にし、全てが済んだ二か月後の今でさえ、大掛かりな悪戯なのではないかという疑いを消していない。
会館へ到着し、足取り重くゲートをくぐった。自然と私は、先頭から外れ、後方へまわった。怖かった、八年前に亡くなった曾祖父、三年前に亡くなった祖父、去年亡くなった小父さん。そのどれもより怖いと感じた。恐らく年代による距離感なのだろう、地続きになっている分、佇む死が這い寄ってくる感覚があった。
だが、彼女を目にした瞬間、恐怖は薄れていった。口は半開きで肌の気色は変わっていたが、棺で眠る彼女は私の知る彼女だった。今でも声を思い出せる。
成人式と同じように、綺麗な身なりをしていた。
彼女の父から、事の成り行きが伝えられた。交通事故だったらしい。朝方の、比較的車の通りが少なかった時間帯だったらしい。病院に着いた時には、耳や口から血が流れていて、しばらくして延命の判断を迫られたらしい。
ぽつぽつと思い出すようにして聞かせてくれた。
カクテルの勉強をしていて、勤務先の先輩達と一緒に店を出そうと約束をしていたこと。些細なことで、ここ数年間まともに会話をしてないこと。それを今も後悔していること。
それを聞きながら、いやにはっきりと受け答えをする一人の友人に対して少しばかり憤りを感じた。こういった場に則した言葉なのだろうが、私にはいかんせん受け入れがたかった。言葉に留まるほどの思いなんて、この場に相応しくないと感じて仕方なかった。
焼香を上げ、改めて彼女の顔を見下げた。交通事故と聞いた時は、損傷具合によっては、顔を見られないと覚悟していたが、本当に知っている顔のままだった。
文字通り目に焼き付けた。明日の正午には、この世から姿を消してしまうから、炎がすべてを焼き尽くしてしまうから。今まで一度も見たことのない、眠った顔だとしても目に焼き付けた。
滞在時間は三十分に満たなかった。少し短かったと今も後悔している。
家に着き、清めの塩をまぶした。穢れを払うこの行為は、彼女との縁を絶ち切るような悲しさがあって、気が引けた。
「お疲れ様、顔は見られた?」
背にした母におざなりな返事をする。
喪服には線香だか、焼香だかの香りが残っていた。それが気分にそぐわなくて、すぐにシャワーを浴びた。かけ流しながら、忘れてしまわないように、目を瞑って彼女の顔と声を何度も、何度も、思い返した。
彼女はもう、この温かさを感じることができないのだという事実が、一番つらかった。
その時、ようやく母の言葉の真意が理解できた気がした。
明かりの消えない夜 山口大丁 @yamaguchi_goraku
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