今際の際に、過去の自分に送るA4の封筒の中身を巡る話
気力♪
今際の際に、過去の自分に送るA4封筒の中身について
「やぁ、田井中灯さん」
「あら、こんなところにようこそ。あいにくとハロウィンはもう過ぎてるわよ」
「普通に流さないで欲しいな。僕の空気を受けたんだ。なにも感じない訳はないだろう?」
「ええ、そうね」
「夏場に来てくれたなら冷房を少し弱めても良かったかもしれないわね」
「キミマイペース過ぎない⁉︎」
「あら、ずいぶん早く子供に戻ったわね。さっきの大人ぶってるのは似合わないわよ」
いきなり自分の本質を見抜かれて少し焦る少年。だが、自分が上位存在であるというなけなしのプライドをもとに心と実際の仮面を付け直した。
少年は、悪魔だの呼ばれている存在である。しかし伝承のように何かを代価とするでもなく、ただ気の向くままに動く存在だ。悪魔という響きは気に入らないので仲間達は基本的に自分たちを上位存在と呼んでいる。
もっとも、この少年はそんな中で初めて下位存在である人間へとアプローチをする新米な訳なのだが、それはそれ。それなりのプライドはあるのだ。
「さて、田井中灯さん。僕は君の人生を知っている。だから、キミにチャンスを与えたいと思ったんだ。君の人生にはなにもチャンスはなかった。それはあまり好きじゃない。僕はこの世界が表面くらいは平等であることを望んでいるからね」
「そう。それはそうと飲み物はリンゴジュースでいいかしら。もうすぐ転院だから他のものはもう飲み切ってしまったの」
「ねぇ僕シリアス頑張ってたんだけど。なんでそんなにそんななの⁉︎ちょっとくらい雰囲気に飲まれてよ!あ、リンゴジュースは貰うけどさ!」
「あ、飲むのね」
「飲むよ!」
「そんな顔面全部を覆う仮面をつけたままで?」
「...君は意地悪だ」
仕方なく、そう仕方なく少年は仮面を外した。そこにあったのは異形。顔というものを構築しているパーツは揃っているが、それ以外が最悪に終わっている。存在感というか生命がまったく感じられないのだ。
これを見せると流石にパニックになるだろうなと思ったと所で
なんの躊躇いもなくこちらを見つめてコップを渡してくる灯を見て「なんだこの超合金メンタルは」と思わず呟いた。
「それで、私にくれるチャンスとは何かしら?ロシアンルーレットで成功したら病気を治して貰えるなんて話なら、私は恥も外聞もなく飛びつくわよ」
「なんでそこでバイオレンスがでるかなー」
「命をかけないと命は掴めないものでしょう?」
「...否定しづらい」
流されたペースを戻す為にリンゴジュースを一杯飲む少年。意外にも高級品質なそれを味わうと、生来のリンゴ好きな少年は顔を綻ばせた。まともな精神をしている者からすればホラー極まりない顔の変化だが
「私もこのジュースは気に入ってるの。友人からの贈り物なのよ」
「...もう、死んでいる子だろうに」
「そうよ。けど私の心にはまだ生きてる」
知ってる以上に手強い女性だな、と少年は思い直す。さて、こうしてゆったりしているのも悪くないと思い始めているが、少年はやりたい事があってここに来たのだ。それを忘れてはならない。
「君に与えるチャンスとは、この封筒だ。宛名は君に対してしか書けないけど、好きな日付に好きな物を送る事ができるんだ」
「A4封筒だなんて、小さなチャンスね」
「そう思わないでくれ、これが君の徳に対して僕が行える最大限の容量なんだ」
「まぁ、別に書くことは決まってるから構わないのだけれど」
そうして灯は迷いなく、近くのメモ帳を取り出して、“ノートパソコンが壊れる前にデータを吸い出しておけ”とだけ書いて封筒に入れようとした。
「ちょっとちょっと待って待って!君わかってる⁉︎マジ物の奇跡だならねコレ!それをたかがそんなことのために使い捨ててどうするのさ!」
「そんなの簡単な話よ」
「私、自分の人生に後悔なんてないもの」
灯は、萎れている体とは反して強すぎる光を持ったその目で、少年を見つめた。
少年は信じられないという思いで、灯を見つめた。
「君の人生にはいくつもの、君に理由がない不幸が存在する。両親の死、病気の発病、さまざまな医療ミス、それらが全て繋がってキミの今になってるんだよ?君の人生にはいくつもの君が理由の失敗が存在してる。喧嘩をしたままの友人との死別、初恋の人に想いすら告げられなかった苦しみ、全部やり直せるかもしれないんだよ?」
「ええ、そうかもね。けれどそれを必要だと私は思っていないの」
「私の人生は不運であったけど、不幸ではなかった。それは私が出会った友人達や先生達が証明している。だって私、転院する時に一番荷物になったのは千羽鶴なのよ?そんなの幸せ以外にないじゃない」
「...そっか」
「まぁ千羽鶴は邪魔だから捨てたのだけれど」
「感動エピソードの意味は⁉︎え、なんで僕に千羽鶴の話をしたの⁉︎」
「だって私はそういう女だもの」
「つ、強すぎる」
「ええ。自慢にしかならないけど、私が健康だったら国に物事を言いまくる野党の一員として大活躍していた自信はあるわ」
「この国の野党って...いや、言わないからね、危ないからね!」
「どこに配慮しているのよ上位存在の君は」
実はこの世界の各政党には上位存在の契約者が存在しており、自分のような木端がそのことに色々言うのは存在が危ないのだ。なにせ、パワーが違いすぎる。
「それで、結局これで良いのかしら?本当にこれ以外書くことはないのだけど」
「...でもさ、僕は君に君を救ってあげられるチャンスを与えたいって思ったからキミに会いに来たんだ」
「こう言う時、“同情するなら金をくれ”と言うものだけれど、金より凄いもの貰っているしね。どう言ったものかしら」
「...もう慣れた。どんな文句でも受け止めるよ」
「ありがとう。同情はともかく、あなたに会えて嬉しかったわ」
そんな、予想外の方向からの笑顔に少年は頭を抱えた。“こういう人だから上位存在になる前の自分は彼女を好きになったのだろうな”という確信と共に。
「ねぇ、君は北条英二の事を覚えているかい?」
「ええ、とても素敵な先生だったわ。もうあまり覚えていないけど、ずっと心を砕いて下さったもの。まぁ、私が淡い告白をする前に事故で死んでしまったのだけは許せないのだけれどね」
「だから、彼に言いたいことはただ一つ
“あなたを好きになれる私にしてくれてありがとう”
なんて言葉だけよ」
少女の心はもはや鋼のようで、もう何を言っても変わらない。それがわかってしまった少年は、もうすぐ30分になる彼女との接続を終わらせにかかることにした。
「仕方ない、もう時間だ。君はこの封筒にそのメモを入れる。配達時間はキミのパソコンが壊れる少し前。...本当にそれで良いのかい?」
「ええ、構わないわ。けれど私はあまり字が綺麗ではないからあなたにメモを見られたくないの。それだけは約束してくれる?」
「ああ、初めてだけど僕は配達人だ。そのくらいの分別はあるよ」
「ならよかった。それと、配達の確認はどうすれば良いの?」
「それは、君の過去に僕が現れる。その記憶を辿っていけば理解できるよ」
「そう、想定通りで良かったわ。まぁ私はもう言いたいことは言えたから良いのだけれど」
「何?」
「難聴系主人公を気取っているの?似合わないわよあなた」
「いや、本当にうまく聞き取れなかったんだけど」
「あら、そうなのつまらない。今のを聞いていた方が楽しいことになったでしょうに」
「君にとって正しいことだろう?それなら別に構わないさ」
「つれないわね」
そうして灯は封筒の封を閉じた。そして、それを少年に渡す事で、新人配達人と死に行く少女の30分間の出会いは終わった。
⬛︎⬜︎⬛︎
そしてそれか5分と待たずに少年は飛んで帰ってきた。
「君って奴は!君って奴はぁ!」
「あら、なにか面白い事でもあったのかしら」
「性格の悪さに磨きがかかり過ぎてないかい⁉︎そんなんでよくあれだけ多くの友達ができたね君!」
「だって昔使ってたおもちゃが戻ってきたのなら、遊ぶでしょう?普通」
「そのおもちゃか人でなければ納得だけどさぁ!」
そうして少年は少女が送ったメモの裏側を見せる。
そこには、“緊張した時の癖が抜けてないわよロリコン先生”と書かれていた。
つまるところ、このアイアンハート少女田井中灯は、仮面で喪服の不審者を人目見るだけで初恋と結びつける暴論を展開し、見事的中させたのである。
「ま、死んだ後も楽しくやれていそうで何よりよ、先生。久しぶりに遊べて楽しかったわ」
「...ああ、君はそういう奴だよ、灯ちゃん」
そんな言葉を最後に、新人配達人の元“北条英二”は霞と消えた。灯は、きっともう会うことはないのだろうなどと思いつつ、彼が送ってくれた封筒を抱きしめる。
今日は、良い夢が見られそうな気がした。
今際の際に、過去の自分に送るA4の封筒の中身を巡る話 気力♪ @KiryoQ
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