乙女な君の男前なプライド
初めての慰安旅行の帰り、仕事があるからという千紘を店で降ろし、それを追うように俺もここでいいと降りていった諒太郎を見送って、俺と久間は二人きりになった。
「今からさ、クマくん家行ってもいいかな?」
シフトレバーを握る久間の分厚い手に自分の手をそっと重ねて誘う。
すぐに頷きかけた久間だったが、不意に視線を彷徨わす。
「駄目なの?何か用事?」
「いや…出る時急いでたから、部屋がちょっと、ね…」
もごもごと、そんな言い訳を呟いた。
「そんなの別に気にしないのに」
久間の部屋にはもう何度も訪れているが、散らかった部屋というのは見たことがない。散らかっているというのならあえてそれを見てみたい気もする。久間は嫌がりそうな気がするが、そういう駄目なところも見せてほしいと思うのだ。
「だって、二人きりで楽しめる機会がなかったでしょ?」
そんな俺の意地悪に、久間は大人しく頷いた。昨晩べろべろに酔っぱらって爆睡してしまったことを久間が後悔しているのはわかっている。ちょっとずるい切り札だっただろうか。
普段から少ない口数がさらに減った状態で車は久間の住むアパートに向かって走った。
必死に覚悟を決めている様子の久間にちょっぴり罪悪感を感じながらも、逆に期待感も膨らんでいった。一体どんな光景が待ち受けているのだろうかと。
大きなため息を一つ吐き出してからドアを開けた久間の後ろについて部屋にあがる。
「クマくん、出る時急いでたとかそういう問題じゃなさそうだね」
いつもは片付いているんだけれど、とかそういうレベルではなく盛大に散らかっている。
多分、普段はいつもこうなのだ。晋平が来る時には事前に必死で片付けていたに違いない。なるほど、見せたくないのがよく分かる。
けれど、男の一人暮らしにはよくある光景だ。別にテレビでよく見るゴミ屋敷みたいな壮絶なことになっているわけでもない。
「そんな落ち込まないでよ。男の部屋なんてこんなもんだよ」
どうしたものかと頭をがしがしかきむしっている久間の肩を慰めるように優しく叩いた。
「だけど、晋の部屋はいつもきれいだ」
「それはまあ、性格だからね、しょうがない」
俺はどちらかというと整然としていないと落ち着かないタイプだったりするから、物も少ないしわりといつでも整っている。突然の来客でも何の問題もない。
それを久間は分かっているのだ。だから余計に自分のだらしない部分を隠したいのだろう。
そんなこと、俺は全然気にしないのに。むしろ俺がやってあげたいとテンションがあがるぐらいなのに。
「よし、じゃあ俺が手伝ってあげるから一緒に片付けよう」
「いや…あ…それは…」
「ねっ」
「…はい…」
渋々納得した久間がまず真っ先に手を付けはじめたところには近付くまいと決めて、俺はそこらに脱ぎ捨ててあった服を集めた。多分そこには俺に触られたくないようなものがあるのだろうと思うから。それは嫌がるところへ強引に押し掛けた俺の最低限の礼儀だ。久間の繊細さはよく分かっている。恋人同士とはいえエチケットは大事にしなければ。
そして落ち込んだ久間を楽しい雰囲気にさせようと違う話題を持ち出す。
「そういえばクマくん、あの後諒ちゃんの話をちーさんにしたんだけどね、あの人どうしたと思う?俺には何もするなって言ったんだけどさ」
「ああ、今日一日、すごい普通だったな、あの二人」
「そう、普通なんだよ。おかしいよね」
千紘にも諒太郎にも普段と違うところはいっさい見受けられなかった。二人の間で何かしらの解決がされたということなのだろうか。気になるけれど、あえてどうなったのか問いただすようなことでもない気がして、一日悶々としていたのだ。
「あの場合の対処として選択肢はそうたくさんないと思うんだ。1、酔うとキス魔になるんだと素直に暴露。2、実は諒ちゃんが好きだったと告白。3、何もしなかった。さて、どれだと思う?」
指を一本ずつ立てて久間に問う。実際この中に正解があるのかどうかも定かではなく、出題者自身も答えを知らないというどうしようもないクイズ。だけど久間はそちらを考えることにより、ずいぶんと落ち込んだ気分が浮上してきているように見える。作戦成功だ。
「2番はないだろうな。それなら諒太郎君が平常でいられるとは思えない。そうすると、1番、かなあ」
「いや、クマくん、読みが甘いね。俺は3番じゃないかと思ってるんだよ。正直に全部話すほどあの人は誠実じゃないね」
「いや、でもひどくない?3番は」
「ひねくれ者で意地悪なんだよ。悪い大人だからね。まあ、ただの想像だけど」
「どれをとってもあの子は可愛そうだな」
「なのに幸せそうな顔するんだよ。健気だね」
「あんないい子なのに」
「俺は良かったよ、クマくんが俺を愛してくれてて。あ、パンツ発見~」
脱ぎ捨てられた服の中に脱ぎ捨てられた下着まで見つけて俺はうきうきと洗濯機に運ぶ。
「わ、そ、それはちょっと…」
慌てて追いかけてくる久間の体にぎゅっと抱きついてその行動を制止した。
「ねえ、クマくんはさ、もっとありのままを見せてよ。どんな情けないクマくんだって駄目なクマくんだって、俺は構わないんだから。そんなクマくんも可愛いと俺は思うよ」
「…そうやって…可愛いとか言うから…。ただでさえ、俺のが年下だし…」
久間は消え入りそうなぐらい小さな声で呟いて視線をそらす。
いつもそうだ。久間は自分が年下であることとか、女々しい性格であることとか、そういうことをすごく負い目に感じている。そんなこと、俺は一度だって嫌だと思ったことはないのに。
「いつもそうやって年下だからとか言うけどさ、それ言われると俺も傷付くんだよ、知ってた?俺だって、諒ちゃんみたいな可愛い子の方がいいんじゃないかなとか思うんだよ?」
「そんなことない!俺は、晋のがいい」
「でしょ?だから、一緒なんだって」
好きな人の前で格好良くありたいと思うのは、きっと誰でも一緒だ。だけど、無理をするのは違うと思う。
もっと、深い部分でつながりたい。
君のすべてを愛したい。
「年だけはどうにもならないからね。何をどうあがいたってクマくんが俺より年上になることはないんだ。だから、ちーさんに張り合ったりしなくていいんだよ」
「…ごめん…」
昨晩の反省も含めて、久間は深く詫びた。そしてきっと、俺に全て見通されていたことをとんでもなく恥じているのだと思う。
「そんな男前なプライドも嫌いじゃないけどね」
可愛くて可愛くて仕方がない俺の恋人に、全てを許す口付けをした。
もっといろんな君が見たい。
格好良いところも、可愛いところも、素敵なところも、駄目なところも、君という存在全てが愛しい。
<終>
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