灯りを消して

T_K

灯りを消して

出張族の彼は一人、ホテルのラウンジバーで飲んでいた。


日も沈んで暗くなり、店内は徐々に大人な雰囲気へと変わっていた。


テーブルには小さなロウソクに火が灯されていた。


奥の方では、グランドピアノと歌手によるライブが行われ、客達を楽しませている。


そろそろ彼が自分の部屋に戻ろうとした時、不意に声を掛けられた。


驚いて振り向くと、彼好みの綺麗な女性が立っていた。


彼女は


「一緒に飲みませんか?」


と誘ってきた。


彼は、素敵な出会いがあるものだと喜んでその誘いに乗った。


彼女が座るテーブル席へと彼も座った。


「ずっと声を掛けようかどうか迷っていて」


そう彼女は彼へと笑いかけた。


話してみると、彼女も色んな場所へ仕事に出掛けるそうだ。


似た境遇に意気投合し、話も盛り上がり、お酒も進んだ。


「何を飲んでいるの?」


彼がふと尋ねると、


「コントラクトって言うカクテルだそうです。飲んでみます?」


そう言って彼女はグラスを差し出した。


彼は一口貰おうと彼女からグラスを受け取った。


彼の手が彼女の指に触れる。その手は驚く程冷たかった。


グラスを傾け、その後ゆっくりと彼女の前にグラスを戻した。


「手、冷たいね」


彼がそう言うと彼女は急に彼の耳元へと近付き、


「そうなの。ねぇ、部屋に行っても良い?私、あなたが欲しいの」


彼の胸は高鳴った。


「勿論良いよ」


と彼女に答え、会計を早々に済ませて、そのままエレベーターへと導いた。


エレベーターで二人きりになると、彼女は彼へと腕を絡ませた。


彼が泊まる客室フロアに到着した事をエレベーターが告げた。


彼は彼女の腰に手を回し、部屋へとエスコートする。


ドアにカードキーをかざし、鍵を開けると、


彼女は慣れた感じで部屋へと入っていく。


その様子に、彼はほんの少しガッカリもしたが、この後の時間を考えると、


そこまで気にする必要はないと、考えを改めた。


彼女は部屋に入るなり、辺りを見回し、


オーディオスピーカーに近付き、その電源を入れた。


どうやらお気に入りの曲がある様で、


手に持っていたカバンからプレイヤーを取り出し、


スピーカーと接続して音楽を流し始めた。


スピーカーからは何やら荘厳なクラシックが流れだした。


「こういう曲が好きなんだ」


そう言いながら、彼はジャケットを脱ぎ、クローゼットのハンガーに掛けた。


クローゼットを閉め、彼女の方へ向き直すと、


既に彼女は一枚一枚服を脱ぎ始めていた。


彼は思わず呆然としてしまった。


下着姿になると、彼女は


「ねぇ、お願い、私の為に灯りを消して」


と彼にお願いした。


彼は


「勿論いいさ」


と答えた。


彼が電灯のスイッチへと手を伸ばし掛けた時、彼女はその手をパッと掴んだ。


「そっちの灯りは点けたままで良いの」


彼は彼女を怪訝な顔をして見つめた。


彼女はあまりにも美しい笑顔を浮かべている。


その笑顔は美しさを通りこし、最早恐怖すら感じるものだった。


「怖がらなくて良いの。私、怖がられるのは嫌いだから」


彼女の手が彼の胸元へと伸びる。


シャツのボタンは、彼女が手を掛けずとも、自ずと一つ、また一つと外れていく。


「き、君は一体」


彼女を振り解こうにも、彼の身体は言う事を聞かない。


「もう契約は済んだから、あなたは私のものよ。さぁ、楽しみましょう?」


暗闇になったその部屋からは、驚く程何も音がしなかった。


翌朝、彼は遺体となって発見された。


彼の顔は、あまりにも安らかで、


自然死として扱われ、事件性はないものと処理された。


枕元には赤い文字で「ごちそうさま」と書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灯りを消して T_K @T_K

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ