嘘つき達の月

はつみ

仮面舞踏会

 鏡の中の私は、指で口角を押し上げて笑顔を作る練習をしている。それが済むと、今度は自分の頬を引っ叩いて涙を流す練習を始める。これが毎朝の習慣だった。


 小さかった頃は、他人と接することが苦ではなく、むしろ大好きであった。誰彼構わず声をかけ、友達も多かったと記憶している。だけど友人だと思っていた彼らが、急によそよそしくなっていったのは何時からだろう。

 気が付けば皆、唇を塗り、髭を剃り、派手な下着とネクタイを身に着けて、別人に変身してしまった。変わっていく世界の中で、泥だらけのままの私だけが取り残された。

 

 僕はただ正直なままでいたかったんだ。俺は馬鹿みたいに騒いでいたあの頃が一番楽しかったんだ。ああ、いけないいけない。少しでも気を抜いてしまえば、口調も一人称も歪んでしまう。

 もっと練習しないと、もっと上手くやらないと。ツギハギだらけの仮面の隙間から、本音が漏れてしまわないように、何度も何度も嘘を塗り重ねる。


 そうすることでやっと、私のもとにも招待状が届けられた。皆と同じ舞台へ立つことが認められた許可証であり、社会が私の存在を必要としてくれる証明証は、ドアの隙間に挟まって置かれていた。


 「新たな始まりを記念して」と書かれたそれは、過去を捨てきれない私にとっての救いとしか思えなかった。蝋で閉じられた封筒には、きっと重大な何かが隠されているに違いなく、今までの出来事を忘れさせてくれるような、衝撃的な出会いが待っているはずだ。


 そう信じながら封を開くと、一枚の白いポストカードが入っており、ただ「4月1日」とだけ印刷されている。そこには集合場所も予定時刻も何も記されておらず、それを見て初めて自分が騙されたことに気が付いた。


 あまりの己の愚かさに、思わず笑みが零れ、厚化粧が崩れてしまう。どうしようもなく溢れてしまった涙で、顔を覆っていたメッキが剥がれ落ちてしまう。だがそれでも構わない。今日という日に限っては、何も取り繕う必要などなかったのだから。


 世界が嘘に踊り踊らされるこの日に、僕だけが真実を口にしよう。

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