遠飛行
@araki
第1話
「高くつきましたね」
隣の座席、御笠が少しだけ肩をすくめた。背筋を真っ直ぐ伸ばして座る姿は品があり、今後の潜伏生活に一抹の不安を覚えさせる。
「お前が墓参りしたいだなんて言い出すからだぞ。おかげで余計なやつらに見つかっちまった」
金がある名家らしい人海戦術だった。あんな片田舎まで追ってくるとは。それほどにこの令嬢は貴重な存在だったのだろう。
「ごめんなさい。でも、お母様には一度挨拶をしておきたかったの」
いつまた会えるか分かりませんし、と御笠は苦笑を漏らす。
背中に伝わる振動が彼女の長い髪を揺らした。この列車が向かう先は雪深い北国。そこが今ある金で行ける一番遠い場所だった。
「まずはお金の工面ね。ここまでで資金を随分使ってしまったから」
「ああ。正直、文なしで雪国は正気の沙汰じゃない」
ここに至るまでで財布はほぼ空になっている。すぐに食い扶持を稼がければならない。向こうで俺が就ける仕事は何だろうか。力仕事しか能がないからやはり土方か。昼夜と掛け持ちもできるだろうから、案外多く稼げるかもしれない。
そんなことを考えていると、御笠は言った。
「着いたら私も働きますので」
「あ?」
突然の御笠の提案に俺は瞠目する。彼女は顔色一つ変えずに続ける。
「今回のこれは私のわがままですから。あなただけに頑張ってもらうのは違うでしょ?」
確かに、今回の依頼で俺の人生は大きく狂うことになる。報酬も称賛も特にない。本来なら断るのが真っ当な仕事だ。ただ、
『娘を頼む』
死に際の一方的な頼みだった。断る余地などありはしない。
「生粋の箱入り娘に何ができるんだよ」
「縫製工場などで働ければと思ってます。針仕事は比較的得意なので」
「んなこと別に――」
しなくてもいい、そう言おうとした口に人差し指が当てられる。御笠は微笑んだ。
「私はもう東城の娘ではありません。一人の女として自分で考え、自ら行動するつもりです」
その瞳には明確な意志が宿っている。半年前の生気のない彼女は見る影もない。今までずっと家の体のいい操り人形だったのだ、彼女の意向はできる限り汲んでやりたい。
ただ、問題が一つ。
「一四で働ける仕事場はとんと聞かねえんだよなぁ……」
「探せばきっとあります。なんでしたら歳を偽るのも一考です」
そう意気込んでみせる御笠。彼女にとっては初めての世界だ。単純にわくわくしているというのもあるに違いない。
やがて、車内に到着のアナウンスが流れる。外を見れば、足跡一つない、白銀の世界が広がっていた。
「行きましょう。新たな門出です」
「あいよ」
颯爽と降車口へ向かう御笠。俺はその後を付き人らしく追う。求人窓口は確か、ここから十数キロ先。そこまで彼女の足が持つことを陰ながら祈った。
遠飛行 @araki
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