第35話 二人の野望

「うめぇええええええっ!? なんだこりゃ!?」

「これがこの値段で買えるのか!?」

「しかもこれを売るのは国だって言うじゃねぇか」

「ああ、売った利益で学校や孤児院を設立し、さらに売り上げが落ちた農民にも最低保証手当てが支給されるってんだから……信じられないよな」

「誰だよミラスタール陛下を愚王なんて言ったバカ野郎はっ!」

「愚王どころか賢王じゃねぇかっ」


 町を歩けば皆が跪き拝んでくる。

 一体何なんだこれは? 正直気持ち悪いな。


 それにあんなに小さな女の子まで跪いてるじゃないか……仕方ないな。


「ダメだぞ。こんなところで膝を突いたら膝小僧さんが黒ずんでしまうじゃないか」

「王さま……」


 大きくなったら美少女になるかも知れぬ逸材を、このようなところで傷物にするわけにはいかない。それは俺のポリシーに反することだ。


 小さな女の子を立たせて埃を払ってあげる。

 大きくなったらミラちゃんの夜のお相手をしてねと、気持ちを込めてしっかり叩き落とす。


「なんて謙虚でお優しいお方なんだ」

「私たちみたいな平民にもあのように……」

「本当に誰なんだよ、あの聡明なミラスタール王を愚王と罵ったバカ貴族はっ!」

「あのお方こそ、我らがペンデュラム国の救世主!」


 花にむらがる夏の蜂のように、一斉にウアーッと歓声を挙げる人々に戸惑い立ち止まってしまう。

 本当に一体全体どうなってしまったんだよ……この町の連中は。


「どうやら町の連中は相棒が打ち出した政策を随分歓迎しているみたいだぜ」


 町の連中の変化に困惑していると、マフラーと化したスリリンが愉快そうな声で話しかけてくる。


「それは当然だろ。美少女ちゃんたちの命を守ることは誰もが望むことだからな」

「でもよ、農民にまで最低保証手当てなんて出す意味があるのか?」

「農民の中にも美少女ちゃんはいるんだよ。魔界で収穫したあれを食べてしまったら、誰だって優先的にそちらを購入するだろ? すると売り上げが落ちてしまった農民出身の美少女ちゃんたちが飢えに苦しんでしまう可能性も否定できない。ただでさえ農民の暮らしは貧しいと聞いたことがあるしな」

「なるほど。スケベな相棒のスケベ欲がなぜかがっちり的を得てたってわけか」


 つい数ヶ月程前までうつむき、誰もがしかめっ面をぶらさげていたとは思えぬほど町が活気にあるれている。

 これが本当に我が国ペンデュラムの姿とは、にわかに信じられぬ程だ。


 それは町だけではない。

 城に戻りいつものように城内を闊歩していると、すれ違う侍女が丁寧に立ち止まって頭をさげる。

 彼女たちのこれほど穏やかな笑顔を見たことがあっただろうか?


 いや、侍女たちだけではない。

 当初魔族を国に招き入れたことに対し、納得いかないと反発していた文官や武官たちも皆、清々しい笑顔で恭しく頭をさげてくる。


「陛下、ミラスタール陛下!」


 はつらつとした声に名を呼ばれて振り返れば、そこにはにこやかに微笑む公爵令嬢、ユリアナ・アスタロッテの姿がある。


 はて……ユリアナはまだチャームの効果が切れていないのか? そんなに持続効果あったかな?


「陛下、素晴らしいお考えですわ!」

「はぃ?」


 突然ユリアナに両手を握られ、グッと胸元に引っ張られてしまった。

 ふわふわでぷにゅぷにゅの感触が手に当たる度、口元がお月さまのように引きあがる。

 ムフフ……である。


「陛下の打ち出した政策に、わたくしも深く感銘を受けたましたわ」

「そそ、そうか……ムフフ」

「そこで陛下にご相談がございます」

「うん、申してみよ♪」

「わたくしを新たに設立する学園の教員に任命してほしいのです!」


 公爵令嬢のユリアナが学校の教師……だと?


「なぜ? ユリアナは公爵家の人間なのだぞ? わざわざそのようなことをする必要がどこに?」

「わたくしは予てより女性の社会進出を強く訴えて参りました。その第一歩として男女問わず優秀な者を文官・武官に採用するという陛下のお考えに心を打たれたのです。そこで……」


 ユリアナは言葉を一旦区切り、何かを決意したように瞳が力を宿していく。

 そこで言うべき言葉を逡巡し、


「わたくしはペンデュラム国内において、女性の地位と向上を手助けをしたいのです!」


 芝居がかってるというか……なんか嘘臭いな。少し引っかけてみるか。


「本当にそれだけか? 本当はもっと別の目的があるんじゃないのか? 素直が一番だぞ、ユリアナ」

「……っう」


 顔が……頬がピクピク痙攣している。意外とわかりやすいやつだな。


「じ、実は……陛下もご存じの通り。この国……いいえ、どこの国においても女性が家督を継ぐことは許されません! 不公平ではありませんかっ。女に生まれたという理由だけで、家督さえも継ぐことができないなんてあんまりですわっ!」


 ああ、なるほど……そういうことか。

 つまりユリアナは優秀な女文官を自らの手で育て上げ、彼女らに女性の地位と向上について、徹底的に学ばせようと考えているらしい。


 即座の者が新たに設立された学校で教員を勤めても、結局は偏った教育思想を植えつけられてしまう。それでは従来までと何も変わらないと判断したのだ。


 そこで自ら教壇に立ち、一から女性の地位の向上を……最終目標である女性が家督を継げるための改革を行おうとしているのだろう。


「わかった。では新たに設立される教育機関に置いての全責任と権限をユリアナ・アスタロッテ――そなたに任命する」

「陛下っっ!!」


 ちょうど面倒臭いことは誰かに押しつけようと考えていたわけだし、やりたいと言うならやらせてやろう。

 それに、美少女を育てるのも美少女……これもまた一興ではないか!


 だから俺はこう付け加えた。


「その際、勉学だけに留まらず、女性としての振る舞いはもちろん、化粧の仕方など……女性らしさも徹底的に教え込むのだ、よいな!」

「もちろんですわ! 教養が身についても肝心の女性らしさが損なわれれば身も蓋もないありませんもの。必ずや我らがペンデュラム国を全女性が羨む華の都に変えてみせますわ!」

「素晴らしい! 素晴らしいいぞ、ユリアナ! そなたがそこまで……」

「当然ですは、陛下っ!」


 全女性が羨む国……そうなれば自ずと美少女ちゃんの方から我が国に、俺の側室になりたいとやって来るではないか。

 見事な名案だ、ユリアナ・アスタロッテよ!


 世界中の美少女を片っ端からペンデュラムに集めてくれるわ!

 そしてゆくゆくは……ムフフ。


「がっはははは!」

「オーッホホホ、ですわ!」



 俺とユリアナの密かなる野望が一致し、城内にはしばらくの間、高笑いが木霊したことは云うまでもない。

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