第22話 朗報

 近頃の俺の日課の一つ。それは夜のお店の利益を毎朝自室で数えることから始まる。


 ベッドの上に広げられた札束の山。

 目を見張るほどの額に自分自身信じられなかった。


 これがつい数ヶ月前まで貧乏で苦しんでいた赤字国家の、俺のお小遣いなのだから。魔族恐るべしである。


「お前さまはとてもお利口さんじゃの」

「うん。一国の王たる者、自分のお小遣いくらいは自分で稼がなきゃ」


 自室でフォクシーお姉たまとイチャラブしながら札束を数える。絵に描いたようなクズっぷりの生活を満喫する俺の元に、冷や汗まみれの大臣がノックもせずに飛び込んできた。


「陛下っっ!! 大変ですぞ、陛下! 至急謁見の間にお越しくださ……れ」


 大臣が俺のお小遣いに目を留めると、不服そうな表情で眉根を寄せる。

 そしてすぐにそれどころではないといった様子で首を振る。


「一体どうしたのだ。そんなに慌てて」

「魔王さまがお見えになられているのです、陛下っ!」


 フィーネが来てるだと……一体何の用だろう? ひょっとしてこのプリティーフェイスが恋しくなって会いに来たのかな。

 うん、そうに違いない。絶対にそうだ! それしか考えられない。


「魔王さまが自ら人間界に出向かれるとは珍しいこともあるものじゃな」


 ムフフ。そりゃ人間界には絶世の美少年ミラちゃんがいるんだもん♪ 当然だよね。


「魔王さまを待たせるのも申し訳ない。すぐに向かうとするか」

「それがよいの。妾も行くとしよう」


 ルンルン気分で王の間へ赴くと、二つ並べられた玉座に腰をおろしたフィーネとメルデの姿があった。

 魔王を前に跪くフォクシーと大臣を横目に、俺はフィーネの組み替えられた脚をガン見してしまう。


 相変わらずショートパンツからしなやかに伸びた脚がエッチだ。

 それに魔王とは思えぬほどの華奢な体躯もそそるな。堪らずにやけてしまうじゃないか。


「相棒、魔王さまのおみ足をガン見するのはよした方がいい。機嫌を損なわれるぞ」

「なに言ってるんだよ。フィーネは俺に見てもらいたくてわざと脚を組み替えているんだよ。そんなこともお前はわからないのかよ」

「あああ、あんたなに言ってんのよ!? こ、この変態っ! 無礼にも限度ってものがあるわよ。それにフィーネって……よよ、呼び捨てにするんじゃないわよ! 仮にもあたしは魔王なのよっ」


 どうやらスリリンとの会話が聞こえてしまったらしい。


 乙女の秘密をばらされて涙目になってしまうフィーネはとても愛らしい。

 照れて脚を組むのをやめ、股間にグッと手を置いているところなんて堪らないじゃないか。

 恥じらう美少女の仕草や表情ほど胸をときめかせるものはないな。


 そんな俺たちのやり取りを微笑ましく見つめる魔王補佐官メルデ。

 初めて会った頃とは随分印象が変わったようにも感じられる。


 俺が正式に魔王傘下入りしたことで、仲間意識的なものが芽生えたのかな?

 いや待てよ、ひょっとしてメルデも俺に気があるんじゃないのか?


 そう考えたらこの微笑みにも納得だ。

 魔王補佐官というくらいだから、フィーネが俺と閨をともにするとき、上手いこといって自分も一緒に……そう考えているのだろう。


 さすが魔王補佐官……策士なドスケベだな。

 うん、嫌いじゃない。むしろそういう積極的なところは好ましく思う。

 ミラちゃん的にポイント高いかも♪


「で、本日はわざわざどうしたんですか?」

「どうしたんですかじゃないわよ! あんたが魔王軍第一支部のピンチだって封書を送りつけてきたんでしょ。増軍は無理かって」


 ああ、そうだった。

 でも、フォクシーから話を聞いているから、北地の方が大変だということは知っている。

 なのでわざわざ魔王自らが訪ねて来る意味がわからない。


 それに増軍の件でやって来たのなら、兵を引き連れて来るはずだろ? しかし、兵なんてどこにも見当たらないじゃないか。


「じゃあ……増軍してもらえるんですか?」

「か、勘違いするんじゃないわよ。ここ魔王軍第一支部の状況を知ったメルデがあることを懸念しただけよ」

「あること?」


 一体なんのことを言ってるのだろうと首を傾ければ、フィーネの説明してやりなさいという言葉に鷹揚と頷いたメルデが口を開く。


「魔王軍第一支部となったことが人間界全体に知れ渡り、露見される日も近いでしょう。そうなればペンデュラム国は重大な問題に直面してしまいます」

「食糧難のことか?」

「その通りです。これまでのように食糧を他国や商会を通して調達できなくなることは簡単に予想がつきます」


 それは俺だって予てより危惧していたことだが、実際問題どうすることもできない。

 ウォータースライムたちの活躍により、農作物の収穫率は前年比を大幅に上回る傾向にあるが、それでも国全体の消費率を補うには至らない。


 しかし、いま以上に農地を開拓するとなると、それなりに時間と人手、それに資金が必要となる。

 人手は魔族やモンスターたちの協力を仰げば問題ないが、一番のネックは時間と金だ。


 我が国が景気回復傾向にあるとはいえ、金は使えば当然なくなる。

 他国や商会との貿易関係が破綻すれば、必ず蓄えが必要となってくる。いまは農地開拓に資金を割く余裕などどこにもない。


 と、見事な説明をしてやると、


「もちろんわかっています。そこで、以前あなたが仰っていた計画を実行してもらいます」

「以前俺が言った計画?」


 はて、なんのことだ?


「ドライアドを駆使した魔界の農地開拓です」

「!? いや、ちょっと待ってくれ! それは以前不可能だと断言していたじゃないか」

「だからあんたがドライアドを説得しに行ってきなさいって言ってんのよ」


 ドライアドを……説得だと? 魔王側につくことを頑なに拒んでいるのに?


「なんで俺なんだ?」

「ドライアドは女性のみの種族であり、その……美男子に滅法弱いのです。しかし魔族はプライドの高い者ばかり、ドライアドに頭を下げることを良しとする男がいません」

「そこであんたの出番てわけよ。あんた顔は悪くないし、何より王でありながら矜持の欠片もないじゃない。この任務はあんたに打ってつけなのよ」


 女性だけの種族……だとっ!?

 さらっととんでもない発言をぶっ放してくれるじゃないか!


「うう、嘘じゃないだろうな! いや、自分で調べるからちょっと待ってろ!」


 俺はすぐに戻るからそこで待ってろと二人に告げ、そのまま書庫へ駆け込んだ。

 ドライアドに関する資料を凄まじいスピードで読み上げ、鼻の穴を膨らませる。


「あかんっ! これは最高の案件……ミッションじゃないか――!?」


 お静かにと書かれた書庫に俺の興奮が轟くと、勉強熱心な文官たちが一斉に指を口元へ押し当てる。

「すまんすまんっ」と大声をあげ、俺は再びフィーネたちの待つ広間へとスキップで駆けていく。


 ドライアドは女性だけの種族であると同時に、エルフたちと暮らす種族だというとって置きの情報を胸に携えて。


「ああ、あんた魔王であるこのあたしをほったらかしてどこに行ってたのよ! あああ、あんたみたいな失礼なやつは初めてよっ!」


 戻ってくるや真っ赤な顔のフィーネが憤慨なさっている。


「少し調べものをしにだな……すまんすまん」

「まぁ……いいわ。で、やるの、やらないの?」


 フィーネの問いかけに俺は胸を張り、高らかに宣言する。


「魔王さま直々の命とあらば、このミラスタール・ペンデュラム――断ることなどありますまいっ! たとえ地の底で一輪の花を摘んでこいと言われたとしても……イエスッ、マイロードとお引き受け致す所存であります!」

「だ、誰もそこまで言ってないわよ」



 こうして俺は楽園へと向かうことになったのだ。

 そこで困難が待ち受けているとも知らずに……。

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