第10話 危険な女
俺が虫穴の洞窟へやって来てから今日で一ヶ月を迎えようとしていた。
その頃にはラストリア帝国内でこのダンジョンがちょっとした話題になっていたという。
つい一月程前まで駆け出し冒険者たちの間で狩場と蔑まれていた我がダンジョンは、高難易度ダンジョンとして認識を改められ、変異の洞窟と恐れられていた。
その甲斐あって、近頃は誰も攻め込んで来ない。
と、云うのも……。
「ミラスタールさま♡ 今夜はわたくしを抱いてくださいまし」
「ちょっと、あんた夕べもミラスタールさまと閨をともにしたじゃない。厚かましいのよっ!」
「なんですって!?」
「なによ!」
ご覧の通り、人間を倒しまくったモンスターたちが進化してしまい。
その結果、とんでもない美少女ちゃんたちに変身してしまったのだ!
ぷにゅぷにゅスライムベッドでうつ伏せになる俺の視界には、現在俺を取り合う二人の美少女。
見事な豊満ボディを見せつけるアラクネちゃんこと――レネアちゃんに、床上手なサキュバスたんこと――リリスちゃんがいる。
蜘蛛モンスターだったレネアと、蝙蝠モンスターだったリリスが超絶進化を遂げたことを皮切りに、次々進化を遂げるモンスターたち。
その勢いは留まることを知らず、ダンジョン内のモンスターの大半が進化を遂げていた。
糞だと思っていたダンジョンだが、住めば都とはこのことか!
ただ一つだけ……難点もある。
「ちょっと退きなさいよ! このあたいを差し置いてミラスタールさまとスケベなことするなんて――百年早いのよっ!」
「げっ!?」
ドスンッドスンッと像のような足音を鳴らした化物……ポポコちゃんが鼻息荒くやって来た。噂をすれば何とやらだ。
可愛いレネアとリリスを怪力で押し退け、ずかずかと差し迫ってくる。
ちなみにこの化物……ポポコちゃんももちろん超絶進化を遂げており、剛腕の持ち主ゴブリンチャンピオンと化していた。
しかも困ったことに、初日に食らわせた『解放なるエクスタシーの叫び』が忘れられないらしく、あたいを抱けと無茶なことを言ってくるのだ。
「今日こそは……今日こそは恥ずかしがらずにあたいをしっかり抱いてもらうわよ! ミラスタールさま♡」
冗談じゃないっ! 誰がこんなキングコングなんぞ抱けるかっ!!
「レネア! 亀甲縛りでポポコちゃんの動きを封じろ!」
「了解ですわ!」
「あぁっ、く、食い込むわぁ」
アラクネが作り出す糸は鋼以上の強度とゴムのような柔軟性を兼ね備えている。
いくらポポコちゃんといえどそう簡単には抜けだせられないはず!
「この隙に逃げるぞ、スリリン!」
「あいよ!」
こちらへ向かって跳びはねたスリリンは固形変体により、漆黒の
それに透かさず袖を通して猛ダッシュ。
「小賢しいのよっ――!」
「げっ……マジかよ!?」
レネアの糸を意図も簡単に力任せに引きちぎりやがった! 一体どんな怪力してやがるんだ。
しかも、俺を庇おうと飛びかかったレネアの顔面に右フックを叩き込み、リリスの華奢な体躯に回し蹴りを炸裂させるポポコちゃん。
壁に叩きつけられた二人がとても心配だが、いまは自分自身の身の安全が第一優先である。
「すまん、二人とも」
二人に心で詫びを入れていると、
「今日という今日は逃がさないわよ――!」
後方から凄まじい咆哮が轟くじゃありませんか。
逃げられているという自覚があるのなら、もう諦めてほしい。
「ふんっ!」
「げぇぇええええええ!?」
ポポコちゃんが直角に腕を振り上げ、力強く右足を踏み出した刹那――地面に巨大なクレーターが出来上がる。そのままとんでもない速度で突っ込んでくる!
「相棒、飛行モードに移行するぜ!」
「早くしろっ!」
このままでは確実に捕まると判断したスリリンが、
低空飛行で間一髪、ポポコちゃんの魔の手から逃れたのだが、振り返ればやつがいる。
そのスピードもどんどん加速を増し、あり得ないほどの身体能力を見せつけてくる。
壁を蹴り、見事な方向転換を決めていた。
「外だ! 外に出て上空に避難するんだ」
「了解!」
デッド・オア・アライブ――やつに捕まれば男としての矜持が殺される。
最悪ショックで二度と立たなくなり、ミイラと化すかもしれない。
怖い……怖すぎる!
通り過ぎるホブゴブリたちにポポコちゃんを押さえ込めと命令を下すが、実力が違いすぎる!
まるでゴミを投げ捨てるように巨大なホブゴブリたちが宙を舞う。
「つーか、なんであいつだけチャンピオンに進化してんだよ!」
「さ、才能だろうな」
「何の才能だよっ!」
急死に一生を得るとはこのことか。
何とかダンジョンから飛び出した俺は、上空数百メートルまで避難することに成功した。
「ここまでくればもう安心だろう」
「ああ、ポポコの野郎は翼を持たねぇからな」
と、思ったのだが、何か飛んでくる。
「あれは何だ?」
「岩……じゃねぇか?」
真下からバカでかい岩の塊がビュンビュン襲ってくるのだ。
どうやら力任せに岩を放り投げて、この俺を撃ち落とそうってことらしい。やはりただのバカだな。
愉快愉快と笑っていると、
「うそ……だろ?」
目の前にポポコちゃんがいる!?
ここ、上空数百メートルなんですが。
咄嗟に視線を真下へ向けると、ポポコちゃんは放り投げた岩を足場にここまでジャンプして来たらしい。
そのことに俺とスリリンが気がついた時には、既に両手でガッと胴を掴みあげられていた。
死んだ……俺の息子は殺される。
ドスーンッてな具合に着地したポポコちゃんが、俺を地面に張りつけにする。
その口元からは粘り気の強そうな唾液がポタポタとこぼれ落ち、悪魔のような笑みを張りつけている。
勿の論で、俺の華奢な腕では彼女の膂力に勝てるわけもなく、ただ野うさぎのように涙目で首を横に振り続ける。
スリリンは「すまねぇ」と言い残し、俺から剥がれていった。
この、裏切り者……。
瞼を閉じて現実逃避していると、不意に締めつけられていた体が楽になる。
あれ……気が変わったのかなと薄目でポポコちゃんを確認すると、天を仰ぐ俺のすぐ近くで跪いていた。
ポポコちゃんが恭しく頭を下げるその先には、見覚えのある黒ずくめの女が眼下に俺を見下ろしている。
「魔王……補佐官」
「約束の期日です。迎えに来て差し上げましたよ。感謝してください」
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