少年は青年に育ち、少女と愛を育む

第5話

 森の出会いから数年が経った。

 少年だった文生ウェンシェンは精悍な青年に育ち、成人の儀を控える歳になった。少女だった美琳メイリンもすっかり大人の女性に……なってはいなかった。美琳は出会った頃の少女然とした姿のまま、成長することがなかった。

 ともすれば異常に映る彼女の姿だったが、村人たちは幼い見た目なだけできっとすでに成人していたのだろう、と結論づけていた。言葉も知らずに育った美琳が自身の歳も知らなかったのもあり、皆自然とそう思った。


 今や文生の方が大きくなった二人は、影と背比べをしている田んぼを慣れた手つきで弄りながら話している。

文生ウェンシェン、今日は早めに切り上げない?せっかく明日は成人の儀をやるんですもの、ゆっくり過ごしましょうよ」

 それに文生が落ち着いた口調で返す。

「そうだね。あとここらの虫だけ取り除いたら切り上げようか」

「やった!じゃあパパっとやっちゃうわね」

「……美琳?もしかして、僕のことにかこつけて早く終わらせたかっただけなんじゃないかい?」

「そ、そんなことないわよ。あ!そうだ、せっかくだからお隣からお酒を分けてもらわない?婆様が喜ぶわよ」


 美琳は誤魔化すように話題を変えて、気まずそうに目を逸らしたり、朗らかに笑ったりと忙しない。

 その表情には、出会った頃のただ人形のように微笑むだけの少女の面影はなかった。天真爛漫で、けれど華やかな美しさを湛えた一人の女人へと変貌を遂げていた。

 文生は彼女のコロコロと変わる表情を愛おしそうに見つめる。それに気づいた美琳は頬を膨らませて見つめ返す。

「なぁに?何がそんなに可笑おかしいの?」

「え?いや、君と初めて会った頃を思い出していただけだよ」

「もう、またその話?だってしょうがないじゃない、何も覚えてなかったんだもの。それを言ったら、文生だってあたしのこと見て慌ててたじゃない!顔も真っ赤にさせて……」

「わ、それは言わないでくれよ。ほら、お酒をもらいに行くんだろう?早く終えないと暗くなって帰れなくなるよ」

「!そうだった。じゃあどっちが早く終わるか競争ね!勝った方が夕飯多めね!」

「それやって君が勝った試しがないじゃないか」

「今日こそ勝てるかもしれないじゃない!もうあたし終わりそうだしッ!」

「僕はもう終わったよ」

「うそー!」

 そう言った美琳が心底悔しそうで、文生は楽し気な笑い声を響かせる。

 仲睦まじい様子の二人は作業を終えると、朱く染まりつつある田んぼを後にして隣の家へ向かう。




 穏やかで、平和な時間がこれからもずっと続くと二人は信じていた。成人の儀を終えたら結婚する約束も交わしていた。お互いにわずかな違和感を感じながらも、それくらいはよくあることだろうと気づかない振りをして。

 美琳メイリンが森での記憶を決して話さないことも、歳を取る毎に文生ウェンシェンが婆様から厳しく言葉遣いを直されたことも、幸せな二人には関係のないことだった。この先ずっと愛おしい相手と過ごしていければ、それで充分だった。

 ……ただそれだけだったのに。




 二人が隣家を視界に捉えられるところまで来ると、見慣れない人影が見えた。

 先に気づいた文生は咄嗟とっさに美琳を背中に庇いながら様子を伺う。

 その人物は後ろ姿で顔が見えなかったが、村人たちと装いが違うことだけは分かった。村人の素朴な着物と比べ、鮮やかな色の着物に青銅の鎧を着た男は都城とじょうからやってきた兵士と思われた。少し奥を見やると高貴な人物を運ぶ馬車と兵士たちが控えていて、ただならぬ雰囲気が醸し出されていた。


 兵士はお隣のおばさんに話を聞いているようだ。

 おばさんが困ったように周囲を見回していると、文生と目が合う。するとおばさんは二人を指で指し示し、振り向いた兵士はそのままこちらへ向かってくる。

 近くに来た兵士は熊を思わせる巨漢で、二人は口をポカンと開けて見上げるしかなかった。決して小さくない文生よりもさらに頭一個分は大きいその男を、文生はまなじりをキッと吊り上げて震える声で話しかける。

「何かご用ですか?」

 男は文生の様子を意に介さずに淡々と返事をする。

「ええ。貴方が文生様ですか?」

「はい……僕が文生ですが……」

「そうですか。俺……私は護衛長の勇豪ヨンハオと言う……申します。王宮から貴方を迎えに参りました。急ぎ支度をしてください」

 文生は勇豪の言葉にただ呆然とするしかなかった。その後ろ姿を美琳はそっと抱きしめたが、文生がそれに気づくことはなかった。

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