万能調味料、その名は、

 マヨネーズ。


 それは神の発明。

 ほのかな酸味と甘み、そして塩味。

 口の中に広がる何重もの幸せ。

 どんな食材でも、マヨネーズをかけるだけで味がガラリと変わるのだ。


 人間の贅沢を詰め込んだような深い味わいにも関わらず、その製法は至って単純。

 こんな世界でも簡単に作ることが出来る。

 

 私は生前、一時期マヨネーズ作りにハマッていた。

 入れる材料によっては、そのままご飯にぶっかけて食べてもおいしい。

 思えば私は、マヨラーだったと思う。


「セバス。食ってみろ」

「は、はい」


 目の前には、マヨネーズを塗りたくったパンがある。

 パンに塗ってもおいしい。


 それがマヨネーズなのだ。


「こ、これは・・・!」

「どうだ。うまいだろう」


 私は誇らしいよ。

 そして、おそらくこの世界にはマヨラーがこれから数多く生まれるに違いない。


「これで、セバスもマヨラーだな」

「マヨラーとは・・・?」


 これを商品化するつもりだ。

 材料は、卵黄と油とレモンの果汁。

 塩コショウで味を調えている。


「こんな簡単な材料で出来るのですね」

「ああ。量産化できるように工場を作るぞ」

「かしこまりました。人材と工場を手配しておきます」


 最近は、事業関係の事は全てセバスに任せてある。

 どうやら、かなり繁盛しているようだ。

 セバスの表情からは、嬉しい悲鳴が聞こえる。

 目の下にはいつもクマを作っているし、一日中書類と向かっている。


「では、私は学園に行ってくる。事業の事は頼んだぞ。セバス」

「はい。かしこまりました」


 セバスに背を向ける。

 今日の弁当は、カレーライスだ。

 いつも外で飯を食うので、匂いが教室に広がることは無い。

 数多くの香辛料をふんだんに使って作ったそれは、私の好みの味になっている。

 辛口だ。

 そして、マヨネーズを食べる直前に少しだけかけて食べる。

 これがまた、旨いのだ。


*

「今日はカエルか」


 私の机の中にはカエルが入っていた。

 カエルの肉も淡白で美味しいのだが、物によっては毒が入っている場合がある。

 だから今回は静かに埋葬するとしよう。


 私は死んだカエルを掴んで校庭に移動する。


 教室で悲鳴が上がっていたが関係ない。

 というか、そろそろこんなつまらない嫌がらせはやめさせようと思う。

 犯人は、コザ・モブリッド。

 他にも共犯者はいるかもしれないが、彼には地獄に落ちてもらおう。


「やあ、今日はカエルだったね」

「な・・・。貴様は・・・」


 ちょうど廊下で女の子を侍らせているコザ・モブリットがいたので声をかける。


 モブリット家。

 そこそこの名家である。

 けっこう広い領地を持っているが、人口はその広さに見合っていない少なさ。

 税金が、他の都市よりも高いらしい。


 今後、彼の領地には商品を流通させないことにしようと思う。


「モブリット君。最近流行りのシャンプー、使ってる?」

「貴様は・・・。ふん。あのレイセス商会のシャンプーの事か?使っているに決まっているだろう!」


 コザはどこか誇らしげだ。


 レイセス商会。

 それが私とセバスの作った商会の名前だ。

 今や、随分と大きな商会になっている。

 将来的には、商品のラインナップが潤沢になってきたら各都市に支店を置くつもりだ。


「そうか。それは良かった。頑張ってね」

「・・・意味が分からないな。なぜ貴様が私を応援するのだ」

「別に、気にしなくていいよ」


 あの男がシャンプーを使っていることは分かった。

 それだけでも十分な収穫だ。


 今後、モブリット家には商品は流通させない。

 帰ったら早速セバスに言っておこう。

 モブリット家は人口も少ないし、売り上げも少ない。

 大したことにはならないだろう。


*

「コーヒーが飲みたい」

「・・・コーヒーですか?」


 屋敷に帰った私は、セバスと話していた。

 モブリット家の領地に商品を流通させないという話は、案外すんなりと受け入れてくれた。

 セバスは私の言うことには基本的には逆らわないのだ。


 さて、この国ではお茶はよく飲まれているが、コーヒーはまだあまり普及していない。

 飲む人がほとんどいないのだ。

 だから、この国の中での流通は少ない。

 コーヒーの存在を知っている人も少ないんじゃなかろうか。


 お茶は葉っぱから作るが、コーヒーは豆から作る。

 その工程を細かく見れば、お茶よりも少し面倒。

 豆の種類、焙煎、煎り方、挽き方、そして入れ方によって味の違いが大きく現れる。


 私は生前、よくコーヒーを飲んでいた。

 昼間、眠くなるからだ。

 カフェインを体に流し込んで、無理やり覚醒する。

 それが日々のルーティーン。

 大事な毎日の要素だった。


「コーヒー豆を用意してくれ」

「かしこまりました」


 セバスは私の無理なお願いでも何とかしてくれようとする。

 無理をしてでも何とかしようとしてくれる。

 まるで、生前の私を見ているようだ。

 会社のために身を削り、魂を削り、命をすり減らす。

 

 それで、会社を去ることになった人間が何人いたことか。

 私は、セバスにはそんなことにはなって欲しくない。


「セバス。無理はするなよ」

「・・・かしこまりました」


 そういえば、セバスの給料はどうなっているのだろうか。

 セバスが私の専属使用人になって結構時間が経ったが。

 今までと同じ給料のままだと、仕事量に見合っているとは言えない。


「セバス。給料はどうなっているんだ?」

「給料ですか?私共使用人の給金は全員一律で月々20万ギルでございます」


 月20万ギル。

 年間で240万ギル。

 少ない。


「少ないな」

「い、いえ。そんなことは・・・」


 どう考えても仕事量に見合っていない。


「事業の利益から月々30万ギルはお前の給料にしろ」

「・・・かしこまりました」


 別に見張るつもりもない。

 セバスは横領なんてしない。

 なぜか確信が持てる。

 私は彼と同じような人間だったからな。


 股間に手を置く。

 ・・・何も無い。


 私は過去の自分を思い出して、思いに耽る。

 生前の私は、仕事量もかなりの物だったが、それに見合う給料は貰っていたと思う。

 だからこそ、私もセバスには相応の給料を支払わなければならないのだ。


 というか、レイセス商会の仕事はほとんどセバスが行っている。

 私が行っているのは、新商品の開発と改良のみ。

 だから、セバスがそこらへんは好きにしていいと思うのだが、彼は真面目な人間なのだろう。

 私の指示通り、利益のほとんどを、次につなげるための投資に回している。

 工場を作ったり、倉庫を作ったりだ。


 だから私も、彼に少しでも仕事をし易いようにフォローしてあげなければならないのだ。


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