唐揚げ弁当
ロイド・アルカディア王子。
彼は容姿端麗文武両道のまさに王子様の中の王子様。
生まれも育ちも華の道であり、女性であれば誰もが羨むスペックを持っている。
だからこそ、彼は小さなころから数多くの女性からアプローチを受けてきたし、これからも受け続けるだろう。
ただし、この国の王制が続いていればの話だが。
私の日記の中の王子様は女性目線からしたら理想的な男なのだろう。
趣味は乗馬、好きな食べ物はガランティーヌとか書いてあった。
・・・ガランティーヌとは何ぞや。
とにかくオシャレという要素を無理やり詰め込んだような男なのだ。
ただ、私はそんなオシャレな人間が大嫌いだ。
生前の私の好物は唐揚げや刺身など。とにかく脂の乗りまくった食べ物が大好物。
趣味は酒を飲みながらテレビで野球を観戦することだ。
オシャレ要素ゼロの私だから言える。
あの男は嘘にまみれている。
そもそも、訳の分からない食べ物が好物だとか吹聴している連中に限って、裏ではコンビニ弁当やカップ麺をすすっているのだ。
深夜に食べるカップ麺のうまさに勝てる食べ物はない。
間違いない。
だから私は自作の弁当を学園に持ち込んでいる。
学園には食堂があり、そこでほとんどの生徒は食事をとるのだが、そのメニューが全部よく分からない食べ物しかなかったので自分で作ることにしたのだ。
そして、弁当だと学園の目立たない場所に座ってゆっくりと食べることが出来る。
私は学園の中の隅の木陰に座り込んで一人で弁当を貪り食っていた。
「あら、レイ様?こんなところでお食事ですか?」
私が気持ちよく自慢の弁当の、一番楽しみにしていた唐揚げを食べようとしていたところだった。
謎の女に声を掛けられる。
「・・・」
答えは沈黙だ。
誰か分からない。
「そのお弁当、ご自分で作られたのですか?なんていうか・・・」
女の言葉が詰まる。
私の弁当の中身があまり綺麗に見えなかったのだろう。
なんせ、この弁当の中身は、肉八割、炭水化物二割、野菜ゼロの男飯だからな。
好きな物しか詰め込んでいない。
あとは、水筒の中に酒でも入れてこれたら最高だったのだが。
「食うか?唐揚げ。旨いぞ」
なぜだろうか。
孤独を感じていなかったと言えば嘘になる。
なんとなく、私の料理を評価して欲しかった。
「え!?えっと・・・では・・・」
彼女は私がフォークで突き刺した唐揚げに恐る恐る口を近付ける。
「・・・!! 美味しいです!」
「当り前だろう」
良い評価を頂けて満足だ。
私の作る料理は酒のつまみばかりだが、それでも腕には自信がある。
「これはどうやって作ったのですか?」
どうしよう。
教えようか悩む。
「芋を粉末状にしたものを肉に付けて油で揚げただけだ。味付けは適当だけどな」
まあいいだろう。
この目の前の女はどこかアホそうだし。
「芋を粉末に・・・?すごいです!」
そうだろうそうだろう。
片栗粉があればよかったのだが、無かったので仕方がない。
自分で何とかして作った。
作業工程は秘密だがな。
「ところで、君なんて名前なの?」
「え?」
なんとなく、名前を知りたくなった。
彼女には、人を惹きつける才能がある。
将来的には私の作る商会に入ってもらいたいものだ。
「私、マリアって言います!同じクラスじゃないですか!」
・・・マリア?
マリア、まりあ、マリア。
敵じゃねーか!
「あ、ああ。そうか。よろしく」
ロイド王子が好きで好きでたまらないマリア。
まだ、王子様とは恋仲になっていないのだろう。
たしか、恋愛が成就するのは卒業間際だったはずだ。
「私、レイ様のこと誤解してました」
彼女が俯いて申し訳なさそうに言う。
「どういう風に?」
どうせ、稀代の悪女とか、変人とか変態とかそんなのだろう。
変態なのは間違ってはいない。
「ロイド・・・王子からですね、非常に、その・・・」
「嫌われているんだろう?」
嫌われているのは知っている。
ただ、
「以前とは雰囲気がすっかり変わったと聞いて、確かめに来たんです」
そういえば、このマリアに嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄されたんだった。
私の事が嫌いではないのだろうか。
「私の事は、嫌いか?」
「い、いえ!そんなはずはありません!よく考えてみれば、私も悪かったですし・・・」
本当に、この子はいい子だ。
よく考えてみれば、彼女に嫌がらせをしていたのは他でもないこの私だ。
そのことを水に流してくれるというのだろうか。
「記憶を失うほどショックを受けているとは思いもしませんでした・・・」
それは誤解だ。
そう言おうと思ったが、
「そうか。私は記憶を失っているのか」
記憶喪失ということにしておこう。
何かと、その方が都合がいい気がする。
「やっぱり、噂は本当だったんですね・・・」
「噂?」
「レイ様が記憶を失っているっていう噂です」
噂にまでなっているのか。
「ふーん・・・」
まあ、学生というのは噂の好きな生き物なのだ。
大したことはないだろう。
「じゃあ、私はもう家に帰るとしよう」
「え?授業は受けないのですか?」
授業も受けたいところだが、今日はセバスから大事な報告があるらしいのだ。
早く帰らないと。
「ああ。今日はちょっと用事があってね」
*
「セバス。報告を聞こう」
屋敷に帰った私はセバスの元に直行した。
「シャンプーの売れ行きについて報告いたします」
「シャンプー?」
そういえば。
完全に忘れていた。
「500mlの容器のシャンプーを、無臭、柑橘系、柚子の香りの三種類を試験的に販売したところ、あっという間に売れてしまってですね」
「ほう。数はどれくらい用意したんだ」
「それぞれ30本です」
少ないな。
髪の毛を洗う習慣は間違いなく全国民に広がる。
工場が必要になるかもしれない。
「価格はどれくらいだ?」
「一本500ギルです」
ここで、問題が発生する。
この世界の貨幣を私は知らなかった。
だから、500ギルという価格が適正なのかどうかも分からなかった。
「・・・それは、利益は出ているのか?」
「もちろんです。原材料とそれぞれの価格はこちらにまとめております」
「よこせ」
セバスから書類をもぎ取り目を通す。
どうやら、この国の通貨単位はギルと呼ぶらしい。
価値は日本円と同じくらい。
つまり、シャンプー1本あたり日本円で500円くらいということになる。
売り上げが45000ギル。
材料の仕入れに合計32000ギル掛かっている。
残った利益は13000ギル。
「全然だめだな。一本当り1000ギルにしろ。最低でも利益率6割は欲しい」
「利益率・・・ですか?」
「そうだ。それと、量産するために工場を作るぞ。領地に小屋を作る手配をしておけ」
「は、はい・・・。広さはどれくらいにしましょう?」
「そうだな・・・。この部屋くらいのサイズでいいんじゃないか?」
「かしこまりました」
大きすぎず、小さすぎず。
金は、今度親に頭を下げに行こう。
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