次やること

 アルカディア王国。


 それがこの国の名前だ。

 国の広さはドイツと同じくらいだろう。

 人口は分からない。


 その名の通り王制と貴族制を敷く国である。


 貴族制という制度は貴族と呼ばれる特権階級を持つ人間が、国を運営していく制度だ。

 面倒な査定や試験などが必要ないというメリットもあるが、デメリットの方が大きい。

 支配層と被支配層に人々を分けることによって民衆との対立が起こりやすくなることだ。


 貴族制がほとんど残っていないのはこの対立によるものがほとんど。

 小さな対立はいずれ大きな波となり、大きな争いを生むことになる。


 だから、私の貰う領地ではこんな制度撤廃してしまうつもりだ。

 その為には、


「レイお嬢様、セバスをお連れしました」


 来たな。

 ドアの外からメイドがノックする。


 そして私は自分の胸を揉む。

 柔らかい。


「入れ」

「失礼いたします」


 セバスとは私の新しい専属の使用人だ。

 この屋敷に勤めている使用人の中で、名前が優秀そうだったので決めた。


「座ってくれ」

「はい」


 セバスが座る。


 体格のしっかりしたおじさんだ。

 ただ、若干気弱そうだが。


「私が領地を持つことになることは知っているか?」

「はい。存じております」

「そこの運営を手伝って欲しい」

「・・・具体的には・・・」


 どう説明しようか。


「まずは、商会を作ろうと思っている。売るものは基本的に新商品だ」

「・・・どのような新商品でしょうか」

「これだ」


 私は目の前に材料を並べる。


「これは・・・木炭と、何でしょうか・・・」

「木炭と硫黄と硝石だ。硫黄はまだ何も加工していないからただの鉱物だし、硝石は馬小屋の壁をガリガリ削っただけだから純度は酷いものだがな」


 硫黄は割と簡単に手に入った。

 剣を作る工房にお邪魔して、要らない鉱物の中に混じっていたのでそれを貰った。

 硝石は馬の糞を微生物が分解したときに発生するので、馬小屋の壁に少しだけだが付いていた。


「馬小屋の壁を削った・・・?」

「そうだ。当たり前だろう」


 驚いた顔で聞いてくる。

 35歳サラリーマンを舐めるな。


「とにかくこれをそれぞれ純度を上げて、決められた手順に従えば火薬が出来るからメモしろ」

「はっ、はいっ!」


 学生時代の記憶を頼りに教えていく。


 火薬は個人的にも作ったことがあったのですんなり思い出せた。


「ところで、火薬とは何でしょうか?」

「火薬を知らないのか・・・?」


 そう言えばそうだった。


 この世界の兵士といえば全員剣で戦うし、銃なんて存在しないんだった。


「衝撃に反応して爆発する危険な物体だ。気を付けて作れよ」

「はい・・・」


 セバスは材料を抱えて部屋から出て行った。


 火薬を最初に売り出すことにしたのは理由がある。

 ただ単純にその製造工程が面倒で、材料の確保に時間がかかるからだ。


 レシピを売るだけでもかなりのまとまった金になるはずだ。


「さて、次は・・・」


 領地を見に行こう。


 私はすぐに移動を始める。


*

 馬車で半日。


 それが、私の領地まで掛かる時間だ。

 ああ、車があればなあ・・・。


 馬車から外を眺めながらしみじみと思う。

 月が綺麗だ。


 でも、この世界に来て多少気付けたことがある。


 それは、以前の私には何かを考えるような余裕が無かったということだ。

 仕事に追われる毎日。

 土日祝日関係なく仕事に駆り出されていた。


 それが、今はどうだろう。

 素晴らしきかな。


 股間に手を置く。

 ・・・無い。


 でもまあ、この世界はこの世界で楽しそうだ。

 好きなように好きなものを作って、好きに売る。


 サラリーマン時代は、どう考えても売れないものでも頑張って売っていたのだ。

 売れない商品を売ってこいと上司から命令された時の絶望感ときたら。


 誰が買うんだよ。あんな意味の分からない商品。

 何度叫びそうになったことか。


 とにかく私は、この自分の領地では自分の作りたいものだけを作るつもりだ。


*

 領地に着いた。


 辺りはすっかり夕日が差し込んでいる。

 その夕陽に照らされる私の領地は、なんだか寂しい雰囲気が漂っていた。


 何もない。

 あるのは広大なやせこけた大地。

 そして小さな畑と小さな家が数軒。


 これはあんまりじゃなかろうか?

 

 そもそも、人がいないと私の産業革命計画は頓挫することになる。


「うそやん・・・」


 がくりと膝をつく。


「いや、まだだ。まだ希望はある」


 小さな家が数軒あるだけでも助かる。

 ポジティブに行こう。


「お邪魔しまーす!」


 私はそれぞれの家を挨拶して回り、自分の存在を知ってもらった。


 名刺を用意していなかったのは失敗だ。


「私、この領地の新たな領主となりました、レイと申します!どうぞよろしくお願いします!」

「は・・・はぁ・・・」


 全員、反応はいまいちだった。

 恐らく、以前の領主がゴミクズ野郎だったんだろう。

 だが、私は違う!

 新たな仕事を作り、与える者だ!


*

 帰りの馬車。


 私はこれからの事を考えていた。


 別に、労働者が少なくても呼べばいい。

 呼び込んで税金を回収して、新たな政策を打ち出し続ければいい。


 観光地なんかが出来たら良いんだが。

 温泉とか出ないかな。


 ・・・出るわけないか。


 とりあえず、火薬は卒業するまでに大量に作っておきたいところだ。

 あとは何が必要だろうか。


 そういえば、水を何とかしたい。

 綺麗な水を飲みたい。

 この国の水は、まずい。

 別に何か不純物が入っているわけではないが、どこか飲みにくい。

 というか未だに井戸から水を引き上げるというね。


 水道業も始めないといけない。

 その前に鉄鋼業を始めないといけない。

 そして、蒸気機関も作らないといけない。


 ・・・やることは山積みだ。



 

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