第44話
どれくらい泣いたのだろうか?
コンビニの店員が、声を掛けてきた。眼鏡を掛けた若い男だ。
「何してるの?」
冷たいその言葉に、私はハッとした。
コンビニの中からは、二人の客が不審そうな目でこちらを眺めている。
とっさに頭を下げたけれど、言葉は出てこない……。
「あっ、すみません……。瑠璃ちゃん、公園まで歩ける?」
未来ちゃんが、代わりに謝ってくれた。
「うん」
未来ちゃんに支えられながら、公園に向かって歩きだす……。
やっとの思いで辿り着き、いつものベンチに倒れ込むように座った。
誰も座っていない隣りのベンチ……、
誰も居ないジャングルジム……、
ブランコ……、
滑り台……、
公園の至るところに、マートの面影が残っている。
止まっていたはずの涙が、再び、流れだす……。
「瑠璃ちゃん、やっぱり場所変えよっか?」
「ううん、大丈夫! ここに、居たい……」
悲しくてたまらないのに、マートとの思い出が詰まったこの場所に包まれていたいと思った。
「私、どうしてマートをすぐに信じることができなかったんだろう……」
悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれない。
時間を巻き戻したいくらいだ。
「仕方ないよ……。私達、まだ子供たもん……。何も分からないし、宇宙人を理解するなんて、難し過ぎるよ……」
未来ちゃんが、優しく微笑んだ。
「未来ちゃん……。未来ちゃんは、どうしてそんなに優しいの? マートの話も、いつもちゃんと聞いてあげてたし……」
未来ちゃんは、本当に優しい。
どうしたらそんなに優しくなれるのか、ずっと聞いてみたかった。
「それは、たぶん……、私がみんなに優しくてしてたら、お兄ちゃんもみんなに優しくしてもらえるって思ってるからかなっ」
「未来ちゃんの、お兄ちゃん?」
「うん。うちのお兄ちゃん、ずっと学校に行ってないじゃない?」
「あっ、うん」
この話題に触れるのは、初めてだ。
ずっと気になっていたけれど、聞いてはいけないことだと思っていた。
「うちのお兄ちゃん、みんなとは考え方がちょっと違うみたいで、いつも人と違う意見を言ってたらしいの……」
「そうなんだ」
「そしたら、そのうちに、星野は頭がおかしいって言われるようになって……。でも、何がおかしいのか自分でもよく分からないみたいで」
そう言って、未来ちゃんが淋しそうな表情を浮かべる……。
「そんなぁ……、みんな酷いよ!」
「うん……。自分のことを分かってもらえないのって、本当に辛いみたい……。でもね、うちのママは、自分のことを分かってもらいたいなら、お友達のことをたくさん知る努力をしなさいって」
「たくさん知る努力……。そっか! だから未来ちゃんは、マートのことを一生懸命に知ろうとしてたんだね」
「うん。マートは、ポチやバンを連れて帰ったら、瑠璃ちゃんたちが悲しむなんて思ってなかったみたい」
「えっ! あ〜、そうだよね……。マートは、嬉しいとか悲しいとか、そんなことも分かってなかったんだもんね」
「うん! それでね、ポチやバンは動物なのに感情を持っているから、連れて帰って、教えてもらいたかったんだって……。たぶん、瑠璃ちゃん達みたいにペットとして仲良くしたかったんじゃないかな?」
「研究って、そういうことだったの……」
「たぶんね……。私も、宇宙人とはやっぱり分かり合えないのかなぁって思っちゃったけど、でも、ポチは瑠璃ちゃんの宝物って言ったら、すぐに分かったみたい」
「宝物……。あっ、うん、言ってた! 未来ちゃんに言われたって……」
(そっか、マートは宝物っていう意味をちゃんと理解してたんだ……。図書館で、私に言った時も……)
「未来ちゃん! もっと、マートの話を聞かせて」
それから二人で、マートの思い出を話し続けた……。
「あと、マートはこんなことも言ってたなぁ……」
未来ちゃんは、私の知らないマートを知っている……。
マートを、知ろうとしていたからだ!
マートも、地球や私たちのことを知りたがっていた。
それなのに……、
私は、マートのことを知ろうとしていただろうか?
マートの話をしていると、心にぽっかり空いた穴に、少しだけ何かが注がれていくような気がした……。
どんより曇った空に、少しだけ晴れ間が差していた。
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