第29話
行き交う人を避けながら、乱れ放題の浴衣も気にせずに、走って、走って、走り抜く……。
背後にある神社が、もう悪魔の館のようにさえ思えてくる。
大通りが見えてきた。
少しスピードを緩め、これから祭りに行く人とすれ違いながら、翔ちゃんとマートを探す……。
「ハァ、ハァ、未来ちゃん大丈夫?」
「ゲホッ、ゲホッ、うん、大丈夫!」
未来ちゃんも、もう限界のようだ。
「ルリ! ミク!」
マートの声が聞こえてきた。二人で、その声のする方に視線を向ける……。
歩道に並んでいる木の陰から、翔ちゃんの野球帽を被ったマートがひょっこりと顔を出した。
「……マート」
無事に逃げ切ったマートの姿にホッとしたのか、私の身体を支えている全ての力が抜けていく……。
「まっ、俺のお手柄だなっ」
後ろから、ドヤ顔の翔ちゃんがピョン! と飛び出てきた。
「ハァ、ハァ、良かった。本当に、良かったっ」
未来ちゃんも息を整えながら、ホッとした笑みを浮かべている。
「みんなに、迷惑を掛けてしまったね……。パンドム星人だということを、すっかり忘れていたよ」
マートが、自分の行動を悔やむように言った。
「迷惑なんかじゃないよ! 私が、ちゃんと説明しておけば……」
私がそう言いかけると、
「ごめんなさい……。私、何も考えなてなくて……。簡単にマートを誘って、こんな危険な思いをさせてしまって……」
未来ちゃんが、申し訳なさそうに謝った。
「ゴメンナサイ?」
マートには、意味が分からなかったようだ。
「あっ、私が悪かったっていうことなんだけど……」
「誰も悪くねーし、迷惑でもねーよ! マートの凄い射的が見れたし、無事に逃げきれたんだから、全部ラッキーじゃん!」
翔ちゃんが、未来ちゃんの言葉に重なるように言った。
(確かに、そうだ! あんなに楽しい時間を過ごせたのに、誰が悪いか探ししてるなんてもったいない!)
「うん、宇山の言う通り! マート、すっごくカッコ良かったし、全部楽しかった!」
未来ちゃんも、同じことに気付いたようだ。
「ほんと、ほんと! マートと夏祭りに来れて、すごーく楽しかった!」
私がそう言うと、みんなの意見に納得したようにマートが静かに頷いた。
怖い思いをしたけれど、四人の心は一つになったようだ……。
来る時のワクワクした気持ちとはまた違う、あたたかな気持ちに満たされながら、四人揃って帰り道を歩きだす……。
「あっ、あれ、北極星じゃない?」
未来ちゃんが、空を指差して言った。
四人で見上げる夜空……。
宝石を散りばめたような星たちが、キラキラと眩しく目に映る。
「うん、北極星だね!」
マートが頷いた。
「マートは、どの星から来たの?」
翔ちゃんが、星空をキョロキョロと見まわしながら聞いた。
「この地球に来る時に、こと座のベガと呼ばれる惑星を通ってきたから、あの辺りかな」
マートが、他よりも明るく光っている星を指差して言った。
「へぇ〜、凄い! あの辺にマートの星があるんだぁ」
未来ちゃんがキラキラした瞳で、その星を見つめている。
「で、マートは、いつまで地球に居られんの?」
翔ちゃんの質問に、みんなの足が止まった。
「そんなに長くは居られない……。実は、宇宙船に僕のレーダーがキャッチされていたみたいで、パンドム星の政府から警告があったんだ」
「えっ、もしかして、学校に来てもらったから?」
未来ちゃんが自分のせいではないかと、心配そうにマートの顔を覗き込む……。
「あっ、その時じゃなくて、コンビニの駐車場に落ちた時!」
「そっか」
「そうなんだ〜」
未来ちゃんと翔ちゃんが、妙に納得している。
私は、なぜか凄く悲しくなった。
マートとのお別れが近付いている……。
「あとどのくらい? いつまで居られるの!」
思わず聞いていた。
「宇宙船がパンドム星に帰還する時、留学生と一緒に帰ってくるように指示されている。地球でいうと、二週間くらいかな?」
「えっ、二週間?」
具体的過ぎて、なんだか衝撃的だ。
「その期間に、地球について知りたかったことをきちんと調べて、留学生達と同じようにレポートを提出するように言われてる」
「えっ、レポートを提出しなければいけないの……。マート、忙しかったんだね。今日は一緒に過ごす事が出来て本当に良かった。でも、やっぱり淋しいね……」
未来ちゃんが涙ぐんでいる。
「サミシイ?」
マートが、不思議そうに未来ちゃんを見つめた。
「淋しいっていうのは、心がキューッって痛くなる感じかな?」
未来ちゃんの説明を聞いて、私も胸が痛くなった。
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