15 そこは見て見ぬふりでお願いします

 おかんから『家事が断然ラクになる! 主婦の知っ得スゴ技&裏ワザ大百科』を受け取ったリーナが、ぱらぱらとページをめくる。


「ふむ……この辺りに載っていそうだ。“薬草&ハーブで潤うハッピーライフ” という特集が組まれている」


 本のタイトルといい、特集の題名といい、異世界でも女性向け実用書のタイトルセンスって独特だよな。

 ズバッと言ってそうで案外漠然としてて、なのに謎の訴求力があるというか。


 各ページにくまなく目を通しながらゆっくりとページをめくるリーナの手がぴたりと止まる。


「あった……! ククシーだ!」


 歓喜の声を上げたリーナが指し示す絵を、俺とおかんも覗き込んだ。


 文字こそ読めないが、そこに描かれているのは、丸くて平たくて厚みがある葉っぱの輪郭を縁どるように小さな黄色い花が沢山くっついている、不思議な植物だった。


「ククシーを薬草として用いる場合は、乾燥させた根を煎じて飲むらしい。湿気のある日陰を好み、森の中では沼や池のそばに群生していることが多いそうだ」


「なるほど。ならばそこの案内看板で沼や池を探し、そこを目指せばいいんだな」


「その本に載っとる薬草ちゅうことは、おかあちゃんにも役に立つんかいな。せっかくやし、おかあちゃんもなんぼか採って帰るかな」


 本を覗き込みながら、おかんがトンデモ発言をぶっぱなす。


 子宝の薬草を今さらおかんが使うのはマジやめてくれ。

 親子ほど年の離れた弟妹とかいらんから!


 っていうか、おかんがショーナ文字を読めるようになった時が怖いぞ、これ。

 ククシーの効能を知られたら、恥ずかしいなんてもんじゃない。


 そのうち頃合いを見計らって、今のページをこっそり破り捨てておかなくちゃだな。


 背中に嫌な汗がつたう俺の横で、リーナが再び案内看板のイラストマップを確認する。


「現在地から西へ三百メトレンほど進んだところに沼地があるようだ。その付近で日陰になっている場所を探そう」




 そう言って張り切るリーナを先頭にして。


「なんやワクワクするな~」と呑気に歩くおかんが続き。


 そのククシーを俺とリーナで使う状況をうっかり妄想しそうになり、とりあえず心を無にしようと努める俺を最後尾にして。


 俺達三人はドゥブルフツカの谷へと足を踏み入れたのだった。



 ☆



 結果、おかんの本のおかげでククシーの群生地はあっさり見つかり、リーナは背負っていたリュックがパンパンになるほどククシーを詰め込んでいた。




 ……って、リーナ。


 お前一体何人の子宝に恵まれようとしてるんだよ!?

 そんだけの効能にあやかろうとしたら、相当励まなきゃ……って、ダメだダメだ!


 そんなことを妄想したら──




「ユウ君、さっきからどないしたん? モジモジして、おしっこでも我慢しとるんかいな」


「いやっ、そんなことないからっ!」




 ……って、何でもお見通しなのもいい加減勘弁してくれよ、おかん!

 そこは見て見ぬふりでお願いしたいところだよ!




 来た道を引き返しながらも、リーナはホクホクして嬉しそうだ。


「しかし、まさかオカンさんの本に助けられるとは思わなかったな。おかげで簡単にククシーを見つけることができたし、日没前に宿へ戻ることができそうだ」


「実を言うとな、バスコのあんちゃんの店でこの本を見かけた時、直感がはたらいたんよ。この本は、おかあちゃんの相棒になるためにそこにおったんやてな。早速役に立って良かったわ」


 おかんのその直感が、今回は思わぬところで役に立ったというわけか。

 しかし、いくらおかんの相棒でも、さすがにクエストに役立つ情報は書かれていないだろう。

 重いしかさばるし、明日こそは宿に置いて身軽に出かけた方が良さそうだ。




 俺がそんなことを思った時、背後からバサバサと音がした。


 振り返ると、そこには鋭い牙を生やし、鮮血の色の目をした大型のコウモリが一匹飛び回っている。



 こいつ、吸血コウモリか──!?



 日没までにはまだ時間があるはずなのに、体内時計が狂っているのか、腹を空かせて早めに目が覚めたのか、とにかく単独行動をしていた奴が俺達の方に近づいてきた。


 そして──




「リーナ、危ないっ!!」




 リーナ目掛けて襲いかかろうとするのを、俺は反射的に剣を抜いて斬りかかった。




「うおおぉぉっ」


 ────ザシュッ!




 剣に導かれるままそれを振るうと、吸血コウモリは俺の目の前で真っ二つに分かれ、ぼとぼとっ、と地面に落ちた。


 俺の声で振り向いたリーナとおかんが目を丸くする。


「助かった……。私としたことが、ククシーを手に入れた嬉しさで気が緩み、コウモリの気配に気づかなかった。ありがとう、ユウト」


「それにしても驚いたわあ。ユウ君、いつの間に剣を使えるようになったん?」


「いや、咄嗟のことだったからよくわからんが、剣が勝手に俺の体を動かしたような……」


「相性が良い剣というのはそういうものだ。いざという時に剣を握れば、剣が自然と導いてくれる。やはりその聖剣は、ユウトが持つべくして持ったものなんだな!」


 リーナにそう言われ、俺は手にした剣を改めて見つめた。


「そういうものなのか……。ありがとな、相棒」


 俺もまたバスコの店で、この剣が俺をずっと待っていたって直感したんだ。




 そう考えると、リーナといい、この聖剣といい、おかんの本といい──


 単なる偶然の出会いとは考え難い、不思議な縁を感じるのだった。


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