第13話 万引き少女

 その少女に背中を向けたまま、私の身体は凍ったように動かなくなった。


(い、今……へ、『へたくそ』って……?)


 その言葉が何に対してのものか瞬時に理解できてしまい、一度外した視線を再び少女へと向ける。

 

 ――少女は、いつの間にか私のすぐ目の前に立っていた。


「っ!?!?」


 悲鳴は上げなかったものの、思わず体をのけ反らせてしまう。

 しかし、少女の方はそんな反応を気にも留めずに私の手にしていた菓子パンをかっさらうようにして取り上げると、


「こんなのはさ、こうするんだよ」


 そう言って、周りの目も気にせずに私のトートバッグにねじ込んだ。


「なっ……!?」

「じゃあ『ようじ』もおわったでしょ? かえろ?」

 

 少女は呆気にとられる私の手を引っ張って、ズンズンと出口まで歩いていく。


「え、え、ち、ちょっと待って……!!」

「~っ♪」


 私の制止の声にも全く耳を貸さない。

 菓子パンをバッグに入れた時、私たちの後ろには確かに通行人がいたのに……!

 あんな大胆な犯行、見られていてもおかしくない!

 しかし自分の意見を言うことのできない私はそのままズルズルと引きずられて、とうとう外へと出てしまう。

 思わず店を振り返るも、通りすがりの客がこちらをチラッと一瞥しただけで特別気にされた様子はなかった。

 少女は外に出てからも私の手を引き続けた。

 実は店員に後をつけられているんじゃないかと不安になって、歩きながら何度も後ろを振り返ったけれどそんな姿はどこにもない。

 私は結局、バッグに菓子パンを忍ばせたまま近くの公園まで少女に連れられてやってきてしまった。

 そこにきてようやく少女は私の手を離してこちらを向き、


「ね? かんたんでしょ?」

 

 と、先ほどまで私に向けていたニヤニヤとした表情からは打って変わった、いたずらが成功した時のような清々しい笑顔でそう言った。

 私はそんな少女にいったいどのような反応をすればいいのか分からず、しばらく悩んでから答える。


「ど、どうして、あんなことしたの……?」

 

 そんな私の反応はあまり少女をお気に召さなかったらしく、少女は頬を膨らませて分かりやすくむくれた。


「あんなことってなに? あんたがこまってそうだったからわたしが見かねてお手本を見せてあげたのに。お礼のひとつもないわけ?」


 どうやらあの大胆な行為は助け舟だったらしい。

 誰も追ってくることのない様子からはとりあえず今回は気付かれずに済んだようであったものの、正直な話、あんなにリスクの高い行動は私にとってはありがた迷惑過ぎた。


「あ、あんな隠しもしないで盗っちゃたら、誰かに見られてるかも……」


 細々とした声ではあったものの、私は大人げなく遠回しな文句をつけてしまう。しかし、そんなもったいつけた言葉の裏側の意味なんてものが、その幼い少女に正しく伝わるはずもない。

 言葉の表面的な部分から、私が誰かに見られたかもしれないことに不安を抱いていると思ったのであろうその少女はカラカラと明るく笑って口を開く。


「だいじょうぶ、だいじょーぶ! あそこにカメラがないことは知ってるし、それにだれもわたしたちのことなんて見てなかったし」


 私は唖然とする。

 そんなことを知っているということに対しても驚きだし、あの状況で周囲に目を配れているだけの場慣れをしていることにも驚いた。

 それはつまり、少女はあの位置で何をしてもバレないということを自分自身の実体験から良く知っているということだ。

 この子はもしかして、いやまったくもしかしなくても――。


「あなた――」

「あ、わたしそろそろ行かなきゃ!」


 私が言葉の途中で、タイミングよく(悪く?)何か用事でも思い出したのか、少女はそう言ってバッと立ち上がる。

 

「しょうがないからお礼はまたこんどきいてやんよー! それじゃーねー!」

 

 そしてそう言い残すと、颯爽とその場を走り去ってしまった。


「あ、う……」


 結局何も言うことができず、私は1人公園に取り残されてしまう。

 私は突然やってきて突然去っていった嵐のような少女との遭遇にしばらくの間ポカンとしてしまった。

 しかしいつまでも呆然としている訳にもいかない。とりあえず家に帰ろうと少し肩からずれていたバッグを掛け直すと、万引きした菓子パンがカサリと音を立てた。


「じゅ、順調に罪を重ねていってるなぁ、私……」


 今日はとりあえずこの菓子パンで乗り切れそうだ。

 明日は今日の反省を活かしてもうちょっと上手く盗ろうと、そう思いながら気分を少し上向きにして家路へと着く。

 多分この菓子パンを盗れていなかったらもっとマイナス思考で帰っていただろうなと考えると、今さらあの少女に少し感謝の念が芽生えてくる。

 

(こ、今度会ったらちゃんとお礼しよう……)


 理由は分からないけど、もしかして、いやまったくもしかしなくても万引きの常習犯であろう少女の姿を忘れないようにと思い返しながら、まだ陽の高く昇る空の下を一仕事終えたような、少しだけ良い気分で歩いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る