「アンチ・ロマンティック」スピンオフ・Anti Lovely Friends

麗羽

第1話 観察

菅原と八木が付き合い始めて数日が経った。

菅原の誕生日デートもうまくいったようで、あの後菅原から散々惚気話を聞かされた。

好きだった相手の話を、好きな友達から聞かされるというある種の罰ゲームを乗り越えた俺は、少しずつだが失恋を克服しつつあった。

2人の関係が変わっても、俺が2人の友人であることに変わりはない。

いつもの時間、いつもの電車での登校風景。

そしていつものように教室の扉に手をかけた所で、教室内から声が聞こえてきた。


「八木さん、この前は、本当にごめんなさい…!」

この声は確か…。

そう思って扉をゆっくり開けると、いつも通り席に座っている八木と、頭を深々と下げている女生徒の姿があった。

「あっ、やっ、ね、根岸さん、頭を、頭を上げてください」

八木は突然謝られたのだろう。

かなりテンパっている様子だった。

恐らく、謝られる理由に心当たりがない、といったところか。

しかし、俺は彼女が謝っている理由に心当たりがある。


根岸穂波。

彼女は八木が菅原と付き合い始めた頃、八木の事が気に食わなかったのか、他の女生徒と一緒になって、八木の陰口を叩いていた。

八木も、ここまでは彼女の行動について知っている。

菅原によると、八木が菅原の為に編んでいた手袋を窓から放り投げたのはなんと彼女らしいのだ。

目撃した菅原が彼女をその場で問い詰めたということで、あの日以降、しばらくは鳴りを潜めていたのだろう。

同じクラスメイトなのに、ここ最近はあまり目立っていた印象がなかった。


「わ、私はもう気にしてないから、ね?」

「ち、違うの、私はあの時、貴方の…」

「おはよう、八木」

俺は根岸が本題を切り出そうとしていたので、八木だけに挨拶をして様子を見ることにした。

八木と根岸は俺の存在に気づいたようで、お互いにハッとしながら、俺の方へ顔を向けてくる。

「あ、おはよう清水君」

八木はいつも通りに挨拶を返してくれる。

問題は根岸の方だ。

「えっ、あっ、う…そ…清水…君…?」

根岸の顔が赤くなったり、青くなったり、白くなったりしている。

俺自身、いつもと変わらない時間に来ているつもりだったが、この時間に登校してくることは案外知られていないのかもしれない。

それは根岸も予想外だったようで、目尻に涙を貯めながら目が大きく見開かれていた。

「根岸もいたのか、おはよう」

「…っ!!」

根岸が俺とすれ違いで教室から出ていく。

さすがにわざとらしくしすぎたかもしれない。

八木の方に視線を移すと、ポカンと口を開けて固まっていた。


『根岸さん、菅原君じゃなくて、清水君のことが好きだったみたいよ』


沙代ちゃんが言っていたあの言葉を思い出す。

あの言葉が本当かどうか、俺にはわからない。


『あれじゃないの。友達のほうに近づいてさ、うまいこと取り入ったんじゃない』

『多分さ、清水君と仲良いじゃない。八木さんって。だから、清水君に菅原君との仲取り持ってもらったんじゃないの』


それでも彼女は、八木を、俺の友達を傷つけていた。

それをすぐに許容できる程、俺もできた人間じゃない。


菅原が誕生日に八木をデートに誘った教室での一連の出来事や、ナナコと別れたという話はもうすでに噂として出回っている。

それでも八木が菅原と釣り合っていないと言い張る奴らが、すぐにいなくなるわけではない。

今の根岸が何を考えているかわからない以上、あまり八木と接触させるのは良くないと思った。

過保護だと思われるかもしれないが、俺はこいつらの為なら、できることをやろうと心に決めている。

それが俺のできる、2人への祝福だと思うから。



いつもより八木を見なくなった分、他の事を気にする余裕ができたのかもしれない。

あの朝以降、根岸が八木に接触することはなかった。

休み時間中、八木が菅原と一緒にいる時間が増えていたのも要因の一つだろう。

保と沙代ちゃんはそれぞれ他の友達と話があるらしく、逆に俺はここ最近、1人になることも珍しくはなくなった。

……別に、寂しくなんかないからな。


そして1人になることが増えた反動からなのか、時々視界に入る根岸のことが気になり始めていた。

いつもなら他の友人2人と行動することが目立っていた彼女だが、最近は何故か1人でいることが多くなっている。

今日も相変わらず根岸は1人で机に座っていた。

しかし、ポケットに入れていたスマホを取り出したと思ったら、椅子から急に立ち上がり、教室を出て行ったのだ。

「……」

その一連の行動が気になった俺は、悪趣味ながら後をつけてみることにした。

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