23

“emergency, emergency, emergency”


 甲高い電子音と共に繰り返されるグガワの警告。リーディが僕の手を握る。ヘッドホンからリーディの声。英語で、簡潔に。第3エンジン、エラー、出力低下。補助エンジン、シグナル無し。第4エンジン、出力抑制。不時着、実行。


“emergency, emergency, emergency”


 突然、音が無くなる。

 否。

 ジェットエンジンの振動が消えた。


 寒気がする静寂。


“emergency, emergency, emergency”


 思わずヘッドホンを外す。静寂の中、グガワの警告が続いている。リーディーの口から声。第1エンジン停止。第2エンジン出力抑制。最適墜落場所選定。緊急避難行動準備。雲を通過後、アルコルフは僕を連れてタンデムでダイブ。シルフはシステム回復作業を継続。


「慌てないでね」

 柔らかく微笑みながら、突然日本語で話したリーディー。

「リーディーとシルフは?」

 僕も日本語で話す。アルコルフと僕がダイブしたあと、このエア・ローダーは『最適な場所に墜落』するらしい。AIたちが、リーディーの『墜落』という表現に異議を唱えないということは、リーディーも、シルフも、地面に墜ちるということだ。

「あたしもシルフも、コアは別の場所にあるから問題ないよ、っていうことじゃないんだよね、ケイスケの場合」

「……うん」

「ケイスケは唯一無二だ。リーディーやアルコルフや私のような『機体』と同じ評価をしてはいけない」

 今まで無言で微動だにしなかったシルフが突然話した。システムの復旧に演算能力の大部分を使用しているのだろう。

「もちろん分かってるよ、シルフとリーディーが壊れても、新しいのを作れば良い、だけれど、なんかそれは違う気がするんだ」

「ケイスケ、話してる時間はねーぜ」

 アルコルフが、自分の体の様々な部分を取り外しながら言った。大きな音を立てながら、アルコルフのパーツがいくつも床に落ちる。見る見るうちに、アルコルフの体は、ルーリのようにスリムになった。

「リーディーとシルフにとっちゃ、今こうして俺がパーツを外したのと同じことが起きるだけだ。気にすんな、とは言わねぇ、今は流されろ」

 初めて、アルコルフに指示を受けた。どれほど切迫した状況なのかを改めて思い知る。


 僕が大好きなリーディーとシルフが粉々になる。

 元どおりになった彼女たちとまた会える。

 それだけのことなのに。

 こんなにも心が痛い。


「ケイスケ」


 AIたちの音が一瞬だけ全て消えた。


「悲しいかい?」


 グガワの警告すら消えた。


「僕も悲しいよ」


 静寂の中に響く声。


「アルコルフの芸術的な体と、シルフのスマートな体と、リーディーの艶やかな体が粉々になるのは」


 懐かしい、待ち焦がれた声。


「だからね、みんな、もう少し頑張ろう、僕も手伝うから」


 彼の声。


「ニューク!」

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