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 夕陽を見に行くためのエア・ローダーが明日完成する、とグガワから連絡が入った。完璧な予定どおりだ。夕飯を食べている最中の連絡だったので、シルフとリーディーが横にいる。


 「そういえば、雲の上に行くのに、特別な訓練しなくてもいいの?」

 「オルブの衛星軌道に入るような加重力はないから安心していい。あくまで雲の上に出るために、揚力で上昇していくだけだ。ただし、今まで感じたことのない加速を体験することになる。その加速感で気分を悪くする可能性は否定できない」


 僕の質問の意図を的確に読み取ってくれたシルフが回答してくれた。そう、僕は宇宙飛行士のような姿をイメージしていたのだ。


 「モーターで雲突っ切れる?」

 「推進機構はブレードではない。ジェットだ」

 「ジェット? オルブ環境大丈夫?」

 「ニュークが考えたジェット燃料でね——」

 リーディーが話に加わる。

 「燃焼後に放出するのは水と窒素と二酸化炭素だけ。そのぶん不安定で制御が難しいの」

 リーディーが懐かしそうに話を続ける。

 「雲より高い場所に行こうとするなんて、ニュークとケイスケくらいしかいないから、ジェット燃料の需要って、ほぼゼロなの。ほら、言うじゃない? ニュークとケイスケは高い所がナンタラって」

 「ナン、鱈?」

 僕の頭の中で、カレーと鍋の映像が思い浮かぶ。間違った想像であることは分かっている。

 「リーディー、君が恣意的に表現を曖昧にしたうえに、故意に言葉を誤用したことで、意図がケイスケに伝わっていない。どうする、私が改めて説明したほうが良いか?」

 「シルフくん、なかなかチャレンジャーですねぇ」

 リーディーがニヤニヤしながらシルフの質問に答えた。どうやらリーディーの意図とやらは、ろくでもないことのようだ。

 「シルフ、心配してくれてありがとう。でも大丈夫、なんとなく分かったから」

 「褒めてるんだよー」

 「うそつけ」


 にやけ顔のリーディーは放っておいて、夕陽を見に行くスケジュールをシルフと確認する。

 明日、ジェット推進機構を備えた高高度飛行用のエア・ローダーが完成したあと、その完成品がそのままテスト飛行を兼ねて、この家の前に飛んでくるらしい。

 夕陽を見に行くのは、僕、シルフ、リーディー。そして、なぜかアルコルフ。いや、むしろ違和感がまったくない。当然の帰結だ。


 「あんな大きいアルコルフ乗せるなんて、エネルギーもスペースも余計に使うでしょ。というか、新しいエア・ローダーの設計、途中でやり直しになっちゃったんじゃないの?」

 「問題ない。グガワにエア・ローダーの製造を依頼した2秒後に、アルコルフから同乗の申し込みがあった」

 AIのスケールは、相変わらず凄まじい。

 「夕陽を見て、芸術を爆発させるんだって」

 リーディーが笑いながら言った。

 「エア・ローダーが爆発しなきゃいいけど」

 僕も笑った。

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