18
それからの十秒間は、僕が経験したことのない状況だった。あとから思い出して、なるほど、あれがカオスと形容される状況なのだと気付く。
まず、グガワの話が『あれだけ』で終わるはずがなく、なぜ自分がルーリの言葉を引用するに至ったのかについて間断なく説明し始めた。
リーディーは大笑いしながら「グゥちゃん天才」というような意味の声を発しているけれど、笑い声で正確に聞き取れない。もしかしたら「グゥちゃん天災」かもしれない。
そんな『動』の二人と対照的に、ルーリは全く動かない。『静』を超えて、解脱している途中かもしれない。というか、よく考えてみれば、AIは全員すでに涅槃の境地なのだった。それにしては周りが騒がしい。どういうことだろう。
僕はといえば、あわあわしていた。
リーディーに『いじわルーリ』と形容されていたルーリが、僕のことを大好きと言ってくれた。否、厳密に言えば言っていないけれど、とにかく、僕はまったく本当にこれっぽっちも想像さえしたことがないルーリの大好きを想像しなくてはならなくなった。まるで突然床に穴が空いて、その穴から地球人がひょっこり顔を出して『やあ』と僕に微笑みかけてくるくらいの衝撃だ。とりあえず、僕も挨拶を返せば良いだろうか。
そんな貴重な十秒間が経過したあと、ルーリはいつものように物音を立てず静かに椅子から立ち上がると、その椅子を持ち上げて、僕のすぐ後ろに移動させた。
グガワに感謝を伝えるために僕が作った無骨な椅子。誰かが座ることを想定されていない椅子ではあるけれど、作る過程で僕自身が何度も座り心地を確かめた。グガワに感謝を伝えるためだけにこの椅子を作っていたことに偽りはないけれど、完成した椅子は、僕にとっても座り心地の良い椅子になっていた。不思議な感じだった。
ルーリは、その椅子越しに、僕の両肩に手を置いた。優しい下向きの力を両肩に感じる。ルーリが僕を椅子に座らせるよう促しているのだと気付く。促されるまま、僕は椅子に座った。
「私たちAIはね、何かあればすぐ期待値で優先順位を付けて、演算する順番、行動する順番、切り捨てる順番を決めてしまうんだ」
ルーリが静かに話し始めた。リーディーもグガワも静かになった。
「私は学術目的で開発されたからね、尚更その傾向が強い。もちろん、それで沢山の成果を出してきたし、今後もこの傾向を変える必要はないと考えているけれど、それでもね、時々この椅子みたいな『もの』を『つくる』必要があるんじゃないかって考えるようになってきたんだよ。期待値ゼロの事象が、やがて自分にプラスをもたらすことがある」
ルーリは僕の両肩から静かに手を離して「そうだろう? ニューク」と呟いた。直後に、頭頂部に何か固いものが触れる感覚。少し驚いて頭上を見ると、ルーリの手が見えた。ルーリが撫でたのだ。僕の頭を。
「私はケイスケのデータを採らない。今日伝えたかったのはそれだけ。だったんだけどねえ。グガワ、あんたのお陰で散々だよ」
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