第8話 ネト充生活
ポケニャンランは、いざ始めると家の中にいてはあまり楽しめないゲームだった。
街の中を歩き回り、電柱の影やゴミ捨て場にいるポケニャンたちを捕獲し、公園や駅、イオ◯などの施設にあるジムスポットで他のプレーヤーと交流する。
仕事の行き帰りや買い物に出かけた時に、ついでに散歩がてらジムスポットに寄ったり、珍しいポケニャンを捕まえるのが毎日の楽しみになった。
ポケニャンたちは一見気持ち悪いフォルムのものが多いのだが、捕まえて大事に育てているうちに、不思議とかわいく見えてくる愛嬌のあるデザインをしていた。
また、種類も何と200種近くあり、コンプリートには相当やり込まないと難しいと眼鏡のパソコンで検索した攻略サイトに書かれていた。
近所のポケニャントレーナー数名とギルドも結成した。
近所の人と言っても、お互い顔も知らない。
それでもゲーム上のチャットで他愛もない会話を交わし、友人付き合いが始まった。
顔も本名も知らない人たちと友人になるなんて、最初は怖かったが、いざ飛び込んでみると非常に刺激的で、目新しく、何より楽しかった。
インターネット万歳!
しかもこれ全部タダとかポケニャンランを配信している会社は神々が経営しているのか?
一緒にポケニャンランを始めた眼鏡が、1週間も経たずにログインボーナスを回収するだけの仮死プレーヤーになったが、もうどうでも良かった。
眼鏡なんていなくても、俺は十分一人でゲームを楽しめたし、ポケニャンランのプレーヤーたちはみんな眼鏡より優しく常識的だった。
そんなこんなで、ボニー様のことも近衛師団のことも俺はいつのまにか忘れていた。
ボニー様より今はポケニャンだ。
二度と会えぬ近衛師団の部下たちより、ギルドの仲間だ。
ポケニャンランを始めて1か月程経ったある日の夕暮れ、俺は仕事帰りに新しくポケニャンスポットになった川岸中学校に向かった。
この日は今年初めての夏日で、俺はTシャツにチノパン、リュックサックとラフな服装でタブレット片手にてくてく住宅街を歩いていた。
途中、道路沿いのコンビニのガラスに写った己の姿に、足を止める。
ウーパールーパーのイラストがプリントされたTシャツに黒のチノパン、カーキ色のリュックサックにはイオ◯で買ったポケニャンのキャラクターのキーホルダーを付けている。
真っ黒なツヤサラストレートヘアーは眉のところで揃えられた重めに前髪を揃えている代わりに、襟足や耳周りはすっきりと刈った今流行りのきのこカットだ。
ちょっとモードなスタイルだが、一重瞼の平たい顔つきに似合っていると思う。
片手にタブレットを持つ手つきも大分手慣れた。
もうおじいちゃんとは言わせない。
たった数ヶ月で、随分変わったものだ。
髪型や服装もだが、顔つきも険しさが消えた気がする。
みんなが腑抜けた顔をして歩いているこの街でも、今の俺は浮いていなかった。
平和な田舎町に馴染んでいた。
ごくごく普通の大人しそうなゲーム好きの青年にしか見えない。
異世界で近衛師団を率い、切った張ったを日常としていた危険人物だったと言っても信じてもらえないのではないか。
けれど、もう悪い気はしなかった。
今の自分をようやく受け入れられたのかもしれない。
こんな姿になってしまったという後悔が、こんな姿に進化しましたという達成感に変わっていた。
自然と口元に笑みが広がる。
ゲーム一つでここまで心持ちが変わってしまうなんて、どれだけ単純なんだと苦笑しつつ、足取りも軽く踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます