第4話 パピィの勘

 生温く、弱々しいドライヤーの風が髪をそよがせる。

 パピィは眼鏡のアパートの物より大分出力不足のドライヤーを右手で小刻みに揺らしながら、左手で俺の髪を持ち上げたりかき混ぜ、均等に風が当たるようにする。


 セクハラそのものの申し出は断ったが、なお食い下がられ、仕方なく『頭乾かしてあげる⭐︎』は呑んだ。


 ちなみに、パジャマは眼鏡のお古のスウェットがあると聞いていたのに、パピィは俺専用のものを新調してくれていた。


 ありがたい。


 薄ピンクのうさぎの着ぐるみ風パジャマというのが泣けてくる。

 こんな姿、ルサンチマン王国の人々には絶対に見せられない。



「昔は薩摩もこうしてやったのになあ。俺、もう10年くらいあいつの髪に触れさせてもらってないや」


「10年って。二十歳までこんなことしてたのですか?」


 結構なファザコンだったのかと奴の弱点を知った気がして嬉しくなったが、パピィはすげなく否定した。


「まさか。あいつが二十歳くらいの頃、ソファで寝てるところこっそり触ったのが最後だね。こんな風に乾かしてやったのは多分、10歳くらいまでじゃないかな」


「じゃあ、何で今更俺にするのです」


「息子も娘も甘えてくれないから、おじさん寂しくて死にそうなの」


「眼鏡に直接頼めば良いのに」


「頼めるわけねえだろ。あいつおっさんじゃん」


 俺も同い年なのだが、と思わずぼやいてしまった。


「さっちゃんはおっさんじゃないよ。素直だし、少年みたいに真っ直ぐだもん。肌も髪も綺麗だし。ここの刈り上げすごい触り心地いいね。ずっと触ってたい」


 パピィは俺の後頭部の髪を下からすくい上げるように触っては離すを繰り返した。

 くすぐったくて、その度に俺は首を縮めた。


「ジョリジョリからサラッの感覚たまらん」


「やっ……。くすぐったいです」


「耳赤い! かわいい!」


「み、見ないでください。それからもう乾いてません? そこ」


「あ、バレた? いやあ、最初見た時はどうしたんだって、びっくらこいたけど、さっちゃんイメチェンしてすごい良くなったよ。何か開眼したよね」


「きのこの素質が目覚めたってことですか?」


「きのこ! はは、確かに! いや、今まで隠れてたチャーミングな部分が解放されたっていうか。薩摩と瓜二つだと思ってたけど、きのこカットになったら、微妙に顔つき違うってのも気づけたし。元の艶々サラサラヘアも生かされてるし、良いよぉ、かわいいよお。おじさん何でも買ってあげたい」


 グフフとパピィはほくそ笑んだ。気持ち悪い……。

 そこは意識して置いておいて。


「オレと眼鏡と顔つき違いますか?」


 奴の方が弛緩しているとか、笑い方が斜に構えているとかはあるかもしれないが、あくまで表情の問題だ。

 だが、パピィの返答は思いもかけないものだった。


「違う、違う。前はさっちゃん、思い詰めたみたいな顔してることが多かったし、髪の毛で顔隠れてたから気づかなかったけど、さっちゃんの方が若干目が大きくて、目尻が下がってて、かわいい顔してるよね」


 そう、か?


「薩摩は仕事のせいもあるのだろうけど、普段も眼光が鋭いし。ぼーっとしてるように見えるかもしれないけど、身内が見れば一目で刑事だって分かる顔だよ」


 パピィの手がサイドの髪を持ち上げ、温風が頭皮に吹き込んでくる。


「さっちゃんの険しさがどんどん抜けていってるのもあるかもだけどね」


 近衛師団長の職どころか、世界からも追放され、絶望からまだ立ち上がれずにいるのに、険しさが抜けたか。

 常に命のやり取りをしていた緊張感は確かになくなったけれど、喜んで良いのかわからなかった。


 両サイドが終わり、前髪をとかすようにしながら、ドライヤーの風を当てられ、思わず目を細める。


「さっちゃんさ、お婆ちゃんと何かあったの? 二人ともさっき変だったよ」


 唐突にパピィが切り出した。やはり悟られていたか。


「……ちょっと口論になっただけです。明日には謝ります」


「うーん、本当それだけ? ねえ、パピィに話してよ。何があったかさ」


 口調は相変わらず猫なで声のままであったが、横から覗き込んできた瞳には有無を言わさぬ強さがあった。

 観念して、俺は昼間の出来事を話し始めた。

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